「小さいおうち」中島京子(文藝春秋)

2010年初版、第143回直木賞を受賞。中島京子さんは、これが初めての本。読み始めたら一気読み、穏やかな気持ちで最後まで読み切った。読みやすくどなたにもお勧めの本である。読みながら、ちょっと既読感があって、嶋津輝の「カフェの帰り道」「襷がけの二人」を思い出す。時代背景が同じなのと、戦争前後の話で、働く女性の姿を描いていて、さらに女性同士の友情がメイン(今の言葉で言うとバディ物?)。むろん中島さんの小説が先にでているので、それがある意味、このジャンル(といっていいかどうk)の先駆けか。あるいはもっと前から、このテーマの小説があったのかは、知らず。
主人公のタキは十代のときから、平井家の住み込み女中として働いている。平井家の旦那様と奥様の時子、息子の恭一との関係も良い。裕福な家庭で、タキの料理の腕、裁縫の腕も大いに評価され、女中としてのやりがいを持って働いていた。
時代は昭和10年代、対中戦争、太平洋戦争へと、戦局が変化していくのだが、タキ視線で描かれる日常は、食べるものの変化や近所付き合いが少しずつ翼賛的になっていく、その程度。むしろ、仕えている時子のプチブル的趣味に合わせ、同時代の女性としては、ささやかに豊かな暮らしを楽しんでいた。
変化が起こったのは、平井家の主人の部下で若いデザイナーの板倉が現れてから。夫と年の離れた時子は、板倉に惹かれていく様子がうかがえる。やきもきするタキとの小さな衝突も。息子の恭一が少しずつ大きくなり、タキとの関係も微妙に変わっていく頃、戦争がいよいよ総力戦の様相を深めて、タキは女中の仕事を離れることになる。

ストーリー全体が、80代晩年のタキが思い出をつづり、それを甥の息子の健史が読み、その感想を聞きながら、さらに若き日のことを文章に残していく、という形式である。物語の最後、タキが亡くなったあと、健史は、一通の手紙を遺物の中から見つける。差出人が女主人の時子のもの。時子にとっても、タキにとっても、なかなかドラマチックな手紙であった。

女性同士のバディ物と書いた。主婦と女中という関係であっても年も近く、結婚前から女中として働き、結婚後は一緒に相手の家に住み込んだタキと時子の関係は、上下関係もあるし、友情関係もある。ほのかな思慕もあったのだろうか。
「小さいおうち」というタイトルは、タキが女中として住んでいた家のこと。登場人物の誰もがこの家を気に入っていて、空襲で焼けてしまった後も、南方から復員した板倉が、その家をモチーフにした絵本を描いている。最後になってこの「小さいおうち」の意味が明かされることになる。
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古き良き時代の、心正しき人たちの物語。読後感のよいストーリーであった。
映画化されていて、タキが黒木華、時子が松たか子だったみたい。映画向きな感じはしないが、この二人ならちょっと見てみたい。
以下、直木賞の選評
中島京子女46歳×各選考委員 作家の群像へ
『小さいおうち』
長篇 554
年齢/枚数の説明
見方・注意点
選考委員評価行数評言
浅田次郎
男58歳
25「この作品に遍満する時代の空気は、丹念な取材と精密な考証がなければ表現不可能で、それをかくもみごとになしえたのは、やはり才能というより「(引用者注:書くことが)好きだから」という資質に拠ると思われる。次はどんな小説を書くのだろう、という読者の正当な期待に応えられる作家はあんがい少ないものだが、氏はそのうちのひとりにちがいないと信じて強く推した。」
阿刀田高
男75歳
29「(これについても、もっとイマジネーションに富んだ小説的結構に挑んでほしいと願わないでもないが)とにかく安定した筆力を感じた。」「つきづきしい、と見ることもできるだろう。とにかくよい小説の気配を感ずることができた。」
北方謙三
男62歳
22「全体の完成度は高く、受賞作とするのに大きな異議はなかった。私がひっかかったのは、時子の板倉への手紙についての処理が、思わせぶりのままであることだった。作者はゴールのテープを切っているのに、私にはゴールの場所がわからず、疾走をやめたあとも、まだ歩き続けている、という落ちつきの悪さがあった。」
林真理子
女56歳
48「(引用者注:候補作の中で)突出していた。」「細かい描写にも、実に注意がゆきとどいている。」「奥様に無私の心と憧れを持ち、家族のようでいて家族ではない。外国のようにきっぱりとした階級の理知も働かない。日本の女中という種族を、学芸員が理解出来ないラストは見事だ。」
宮城谷昌光
男65歳
26「(引用者注:「リアル・シンデレラ」とともに)過去を描写する上で、作者以外に作中に話者を立てたという点で、構成は似ている。(引用者中略)私の印象ではただ単にリアリティが遠ざかっただけで、予想もしなかった大きな何かを与えられたとはおもわれなかった。」「小説世界にある人と物を、読む側に立って、手で触れたという実感がなかった。」
宮部みゆき
女49歳
16「冒頭の手記を見た瞬間に、どんな仕掛けがほどこされているのだろうとワクワクしました。(引用者中略)この設定ならもっといろいろなことができるのに、もったいない――と考えてしまうのは、私がジャンル作家である所以で、評者としては困った性癖でしょう。」
渡辺淳一
男76歳
7「昭和モダンの家庭的な雰囲気はある程度書けてはいるが、肝心のノートに秘められていた恋愛事件がこの程度では、うっちゃりをくらった感じで軽すぎる。」


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