新刊の「夏帆」も出ているが、こっちの手に入るのはしばらく先になりそうなので、とりあえず未読の「アフターダーク」を読む。村上は長いつきあいで、読んでいないのは、あと「アンダーグラウンド」だけ。あれは小説じゃないか…まあいずれ読むはず。
アフターダークは、2004年の作で、2002年の海辺のカフカと2009年の1Q84の間に書かれた長編。どちらの作品にも、雰囲気がわりと近い。ただし、作品としては全くの未完成で、意図的なのか、春樹自身がどう収拾していいかわからなくなってさっさと終わらせたのかと思うほど。まあそれはないでしょうが。ある種実験的な小説で、こういう闇の世界の話は、このあとも、次の1Q84にもつながっていく作品と思えた。
村上春樹的特徴がいつものようにたくさんあって、春樹以外の誰にも書けない作品。例えば、パラレルワールド、異世界、暴力とセックス、延々と続く「おしゃれな」会話。BGMとして扱われる「趣味のいい」ジャズやアメリカンポップス。アフォリズムあふれる会話。まさに春樹ワールドなんだが、最終的にどこかに収束するどころか、謎は謎のままに、放りだされていて、読者はあれはどうなった、あいつはどうなるんだと悩んでしまう。そんな印象であった。
メインキャラは、19歳の大学で中国語を学ぶマリ、その姉で眠り続けるエリ。マリと深夜のファミレスで再会する高橋、高橋の女性の知人でラブホマネージャーのカオル、ラブホでけがを負わされた中国人コールガールとその犯人と思われる深夜まで働くサラリーマンの男白川。他少し。
物語は概ね二つの視点が交互で現れる。どういう事情かある部屋で眠り続けるエリと、それを監視する男。それがカメラ視点で描かれる。それと並行して、マリをとりまく現実世界が展開していく。眠り続ける姉エリをどうすることもできず、家をでてファミレスで一人読書しているマリが、姉の友人の高橋と偶然出会う。高橋が帰った後、近くのラブホで事件が起こり、被害者の中国人女性の通訳を頼まれて、マリはラブホにでかける。犯人とコールガール組織の男と、いずれも不穏な雰囲気が漂うのだが、最後まで事件の解決の方向にはいかない。眠る女を見つめる視点と、現実の夜の繁華街の出来事、これが交互に描かれて、ああ、これは現実と「悪夢」との戦いなんだなと思う。人が持つ暗闇と、心正しい若者との闘い。世の悪意との闘い。村上春樹がずっと描いてきた、この作品のあとも描くことになるテーマである。悪意と暗闇の手前にいるエリとマリ、エリとマリを引きずり込もうとする中国人の男と白川。その危うさを踏みとどまらせてくれる存在としての高橋とカオル。結構はっきりした構図があって、普通の作家なら、すいすいと書き進めるのだけど、村上って、村上春樹の小説って、そうは簡単にはならないよね。まあ、春樹らしい。
面白くないかといえば、実は一気読みさせる面白さ。読者を先へ先へと煽っていくような、展開の見事さ、これも春樹らしい。ただ最後に何かになるだろうと期待すると、それは見事に裏切られてしまう。1Q84でも、騎士団長殺しでも、それは続くので、この作品あたりから、村上春樹が少し変わったというか衰えたかなという印象をもったのであった。
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