「ふがいない僕は空を見た」窪美澄(新潮社)

窪美澄さんのデビュー作にして、問題作。R18文学賞と山本周五郎賞を同時受賞した作品です。これまで、「トリニティ」「夜に星を放つ」を読んでいて、これが三作目。前二作と違って、なかなか衝撃的な出だしでびっくり。

5つの短編が連作形式で続く。最初の「ミクマリ」が高校生の斎藤くんと年上の主婦あんずの不倫関係から。かなり生々しい性描写があって、どうなるんだと思いつつ読み進め、当然そうなるだろうなと思いながら、やはり男子の気持ちが変わっていく。次の短編、「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」で、あんずが主人公になって、夫との不毛な関係、姑とのいびつな関係で壊れつつあるあんずの日常が描かれる。さらに以下の短編で、斎藤くんの彼女や幼馴染の男子などが次々と主役をとってかわり、それぞれの家庭事情が明かされていく。貧困、暴力、いじめ、ネグレクト、ヤングケアラー、幼児愛など、もりだくさんの内容で、時代のある意味「底辺」部分を流れている、「気分」「雰囲気」を描いていくのだ。だが。なんだろう、それは徹底して加害者の側ではなく、被害をうけ傷つきながら、真摯に生きている少年少女たちに寄り添う形で描かれるので、悲惨な感じがしない。読者の自分に起きる感情はネガティブなものではなく、「共感」のようなもので、不思議にさわやかな印象も受けた。
最後の短編「花粉・受粉」は、そうした子供たちのやるせない気持ちをすくいあげるような、「大人世界」の話。斎藤くんの母親は自宅で助産院を開いており、出産直前の妊婦たちが数日過ごす場所。シングルマザーの母親が出産という大きな仕事をしつつ、こどもにも手伝ってもらったりしながら、日々の糧を得て、その日その日を生きている。そのことを「心優しきこどもたち」斎藤や仲間たちが本当の意味で理解していき、精神的に成長していく、そのような仕掛けになっているのだなと思ったわけです。見事な小説。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2010年の山本周五郎賞の選評で激賞されている。この年は、池井戸潤、米澤穂信、辻村深月を押さえての受賞となった。

窪美澄女45歳×各選考委員 作家の群像へ
『ふがいない僕は空を見た』
年齢の説明
見方・注意点
選考委員評価行数評言
浅田次郎
男59歳
55「随所で山場を迎えても毅然として動じず、近視眼的な描写もなく、常に物語の全体像を見失っていない。この冷静さは何としたことであろうか。」「貧乏や飢渇や病が、正確に描き出されている。なるほど。麻薬的な快楽を患部の表層からていねいに剥離すれば、人間である限りいつの世にも変わらぬ病巣が、このように露出するのである。」
北村薫
男61歳
14「救いのない題材を扱っても不思議に清新である。登場人物が、借り物の知識の絵具で描かれていない。驚くべき力量だ。」「例えばまるで、それを使えば物語作りが出来るから――といったように、性犯罪を軽々しく扱う新人もいるなかで、田岡さんの造形などの人間を見る力は出色である。小説家が、ここにいる。」「受賞に異論のあろう筈がない。」
小池真理子
女58歳
37「(引用者注:「民宿雪国」と共に)二作を強く推すつもりで選考会に臨んだ。」「群を抜いている。図抜けた才能である。驚いた。」「どの章にも救いがたい陰惨さが漂う。現代社会の膿や垢を集めた、といった体をなしているのだが、完璧な文章力に引きずられ、読むほどに、作品宇宙がどんどん澄み渡っていくのが感じられた。」「衰弱の一途を辿るのではないか、と思われてきた文芸の世界が、窪氏の出現により、再び生命を吹きこまれ、勢いを増していくであろうことは間違いない。」
重松清
男48歳
34「作品と作者の美点はいくつもあるのだが、なにより惹かれたのは、どうしようもなさをそれぞれに抱えた登場人物一人ひとりへの作者のまなざしだった。救いはしない。かばうわけでもない。彼らや彼女たちを、ただ、認める。」「ただ生きて、ただここに在る――「ただ」の愚かしさと愛おしさとを作者は等分に見つめ、まるごと肯定する。その覚悟に満ちたまなざしの深さと強さに、それこそ、ただただ圧倒されたのである。」
篠田節子
女55歳
52「選考委員として様々な作品に接した八年間に、訓練や経験では習得不可能な小説家としての天賦の才が確かにあるのではないか、と感じる作品に出会うことが、幾度もあった。」「第一章を読み始めたときに感じたものも、人の心の有り様を捕らえる感覚と、それを小説として表現するに当たっての恐るべき才気だった。」「この十年、大きな潮流を作ってきた女手による小説(女性作家の書く小説という意味ではない)に、新たな頂点が加わったことに心からの拍手を送りたい。」



コメント