「堤未果の『すばらしい新世界』」堤未果(集英社新書)

堤未果さんの「貧困大国アメリカ」は新書大賞をとって、かなり売れた本。アメリカの政治経済社会文化とオールジャンルに詳しいすごいジャーナリストが現れたなあと思った記憶。その後何冊か読みつづけ、この人の情報収集能力には圧倒されていた。いわゆる反グローバリストなんだろう、そして政府、巨大企業が支配しはじめている現代社会の実相を常に批判的な視点で活写し続けている人である。過激な一面もあるし、やや過度な不安をあおるところもあるが、それも一つの個性。言っている方向性は全く正しいと思える。
この本は、2026年6月22日初版と会って、自分が手に入れたのは19日だから、ちょっとフライングで書店に並んでいた。養老孟司の推薦も帯にあり、ちょっと期待。

今回のテーマは、医療とか生と死の話。アメリカのシリコンバレー周辺のテック系超富裕層たちが、不老不死の薬を求めたり、遺伝子治療をおこなったり、一方で一般の国民に対して例えばADHDの薬や抗うつ剤などを与えていくことで、国民の不満の向け先を権力者からそらして、小さな幸せの中に押し込めてしまう、そんな流れが、いまあらゆる分野で起こっているという指摘。
いちばん凄まじいなと思ったのは、特にカナダにおける「安楽死」の進み方。初めは不治の病の人だけに、希望を何度も確認しながら丁寧に進められていたものが、次第にまだまだ闘病中の人にも、その苦しい戦いの中でまるで甘い誘惑のように「安楽死」の選択肢が与えられていく。
政府の人間が、終末医療とか高齢者の医療、障碍者の医療などはコストがかかると発言、安楽死の制度を進めれば、医療費、社会保障費の削減につながるという発言まで現れる。ある貧困の状態にいる50代の男が、病気になり職を失い、家を失うことに。本人はホームレスになる不安から、安楽死を考えたら、医師にとめられるどころか、その体の痛みを理由に安楽死の推薦書を書かれてしまうという事件が起こった。彼は記事になったことで、寄付を得てなんとか安楽死を取りやめるのだが、すでに事態はここまで来ている。
「生きる権利を奪われ、死ぬ権利を与えられている」これが安楽死最前線にあるカナダの実情だという。
もちろん「安楽死」「尊厳死」は、個人の問題としては、それは選択肢の一つとしてあっていい、という意見を持つ人も多いだろう。日本では認めれていないものの、安楽死を制度化している国も少なくない。だが、こうした「制度」が、人の幸福と社会保障費、医療費の国家的コストと絡んで考えていく、コスト面からこの人は死んだ方がいいと、まさか口にはださずとも、自分の身内ではない病人や高齢者に対して思ってしまうことは、絶対ないとはいえないだろう。死ぬ権利を与える前に、十分に生きる権利を保障すべき、それが、とりあえずの堤さんの主張である。難しい、とても難しい問題ではある。

 

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