「雪夢往来」木内昇(新潮社)

2010年に「漂砂のうたう」で直木賞をとった木内昇さん。「漂砂」は明治初期の遊郭もので地味な小説なんだが、なかなか読ませる作品。今回は木内さんの2022年の「雪夢往来」を読んでみた。実は「漂砂のうたう」を読んですぐに借りたかったのだが、なかなか図書館の書棚に戻ってこなくてようやく自分の番がまわってきたところ。
江戸後期、蔦屋重三郎が亡くなって二代目があとを継いだあたりの時期、山東京伝と曲亭馬琴が当時の戯作者の二大巨頭だった時代の話である。越後の国塩沢(南魚沼)の無名の商人である鈴木牧之(ぼくし)という男が、北国の民話や伝承や風俗を書き溜めて、本人が絵も書き、これを世に出そうとしていた。つてを頼って、京伝や馬琴、十返舎一九に便りをだし、時には直接原稿を送りつけたりもする。この作品、なかなかの出来でどの作家も興味を持つのだが、それが果たして出版できるか、売れるかとなると話は別。なかなか出版話が実現せず、ついには京伝と馬琴の有名な諍いに巻き込まれるという事態にも。牧之が最初に書いたときから40年後、ようやくこの本は京伝の息子の京山によって出版の運びとなったのである。「北越雪譜」という本、当時のベストセラーとなった。これは実話。

「雪夢往来」はこの40年の歳月を描いた歴史小説で、当時の出版界の様子、京伝と馬琴という癖の強い大作家たちの本当の姿とか、越後の裕福な商家の日々の暮らし、江戸の一般庶民の暮らしなどを詳細に描かれている。なかなか細密な筆で、これがこの「長い」(400p弱)作品の魅力でもある。鈴木牧之、山東京伝、曲亭馬琴、三東京山、この四人の物語といってよい。それぞれの人生がしっかり描かれていて、その才能もその人間的魅力も、その弱さも汚さも余すところなく、人間が描かれていて、ただの歴史ものではなく、力強いヒューマンストーリーとなっている。四人の周りの家族の姿もきちんと描きこまれて、江戸後期の人々がきちんと動いているという印象。とてもしっかりした筆致だった。

読者は長く、わりと平板な小説に多少飽きるかもしれないが、それでも、牧之の本の出版を心待ちしながら最後まで読むという、なんというか、ちょっと平和でのんびりとした読書体験になるのでは。
 ただし、馬琴の扱いはなかなか衝撃的なので、馬琴ファンは困ってしまうかも。

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