2021年の作。翌年22年に「おいしいごはんが食べられますように」で芥川賞をとった若手の作家です。
子どものいない共稼ぎ夫婦が、東京でマンション暮らしをしているのだけど、ある日突然、夫が風呂に入らなくなる。雨に打たれるのは平気、水道水が怖くなったのか、忌避するように。妻は仕事の合間に、なんとか体臭を消そうと努力はするのだが、夫は反発はせずとも、みずから体を洗おうとしない。事態はだんだん狂気じみてくる。というか、風呂に入らない、匂いが強い、それ以外は普通の会話。だから、妻はどうしてよいかわからなくなる。自分としては夫の嫌がることをしたくない、このままでもいい、匂いにも慣れてきてるし。しかし夫の営業の仕事はどうなるのか…悩みや迷いはあっても、妻もまた今の状況から一歩先に進めないのである。
「…夫が人生のすべてとは思わない。けれど、夫がいてくれたらそれでいいとは思っている。その二つのことは似ているようで違う。夫にとって自分もそうであったらよかった。許したくてしんどい。夫が弱いことを許したい。夫が狂うことを許したい。だけど、一人にしないでほしい。」p99
こういう声を聴くのは辛いなと思う。この本は、夫婦の物語の一つだと思う。静かに狂い始める夫に、このような形の距離しか取れない妻も、多分いるのだろう。いや、いないか。それは想像力の問題なのか?
後半、田舎の妻の実家のさらに山奥にある川原に遊びに行き、夫は水に浸かる。それは拒まない。「なぜ」を解明せず、人が静かに壊れていくばかり。一気読みしてしまう。エンディングだけ、「これでいいのか」「もっと違う結末があってもいいのでは」と思った次第。
「汚い」小説なので、潔癖症の人は無理かも~と思うでしょうが、一線は踏みとどまっている感じがしますw
| 松浦寿輝 | ― | 0 | |||
| 島田雅彦 | ■ | 13 | 「水のイメージを基底に据え、壊れてゆく夫のための変奏曲が展開されるが、この長さならもっと妻も夫も遠くまでいけたはず。」 | ||
| 吉田修一 | △ | 6 | 「ユーモラスな共依存夫婦の姿が大変面白かった。今回は受賞を逃したが、現代文学のメインストリームにある作品だと思う。」 | ||
| 小川洋子 | ■ | 13 | 「ひたひたと迫って来る狂気が伝わってくれば、もっと凄まじい小説になっただろう。書かれていないところに潜む恐怖を感じたかった。」 | ||
| 平野啓一郎 | ◎ | 31 | 「私が、一人だけ強く推した」「社会的に逸脱した男性の面倒を看る女性主人公という意味では、『蹴りたい世界』、『コンビニ人間』を思い出させるが、だからこそ「悪臭」という受け容れがたい要素が効果的である。」「奇妙な共依存関係の描写は濃やかで、都市的な快適さ、清潔さが必要とする水のエコロジカルな批評は、しかし、自然賛美とも直結せず、異常気象の影響らしい豪雨へとアイロニカルに飛躍する。浴室でペットボトルから注がれた水のか細さから、豪雨の川へと発展してゆくイメージの肥大も秀逸だった。」 | ||
| 山田詠美 | ■ | 11 | 「何しろ長過ぎる。ずうっと水浸しになっている、この奇妙な夫婦の話をもっとタイトな感じにまとめたら、不気味な、けれども目を離せない魅力の漂う短編が三つ四つ出て来そうだ。」 | ||
| 奥泉光 | △ | 26 | 「単直な物語構成のなかに、主人公の思考や感情の動きがたしかな手触りとともに浮かび上がる好篇である。」「夫が氾濫する河川に消える結末は、主人公がむかし飼っていた魚のエピソード(これはこれで面白い)に重ねられ、いくぶん寓話的に処理されるのが物足りなく思えたが、作者の対象を捉える目には確たるものを感じた。」 | ||
| 川上弘美 | ■ | 5 | 「奇妙に惹かれる小説でしたが、この「声」で語るには、小説が長すぎました。」 | ||
| 堀江敏幸 | ■ | 13 | 「「水たまりで息をする」にあるのは、透明なマスクをして怯えを拒む意識的な自失の感覚だ。」「ふしぎな息苦しさを生むゆるい文体は効果的だが、物語が異界へ飛ぶのに必要な熱を冷ましてもいる。」 |
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