井戸川射子、先日も「私的応答」の感想を書いたけど、「無形」もこれまた大変な作品。この人の文体やリズム、書き方の癖(というより意識的な方法)に多分とまどう人も多いと思うけど、それでも10数ページも読めば、話の流れが見えてくる。登場人物がみんなカタカナ表記され、いったいどこの話、どの時代の話だろう、登場人物は何歳くらいなのか、何をしているのか、若い子どもたちが多くて、人間関係もわからずに、ストーリーと独白の海に投げ出されるのだが…いやいやどうして、一文一文が、意味があって、どこを切っても批評があって、大きな意識の流れの中に読者をどんどん引っ張っていくのです。
どこか海辺の町、取り壊しになりそうな半分見捨てられた公団住宅が舞台。カンはハンナの祖父でハンナと二人暮らし。でも病気で死にかけている。ハンナと仲良しなのが、ウルミでその弟がオオハル。両親に捨てられた子どもたちのよう。小さい子どもたちも周辺にいて、大きい仲間たちと一緒にある種の精神的つながりをもった、ゆるやかな大家族のような集団として描かれてる。タキミとタイラが小学生の兄弟、リユリとマオが女子小学生で友達同士。それぞれが普通の子どもであり、毒舌と批評と嫌悪と他者への深い共感も持った存在であり、一言一言がなかなか真実に響くのである。もちろん作家が言わせているのだが…
物語りは、その仲間たちが繰り広げる集団劇の様相で、若さと貧しさと圧倒的な抒情の中に、蠢くように、揺れ動くように、命の輝きを照らし出す。恋あり、性的放恣あり、友情あり、親との軋轢あり、小学生から20代まで多様であって、一つのグループであって、それが、滅びゆく団地の建物を中心に、そこに確かに存在している。
井戸川の文体は容赦ない。とことん心の奥底まで書き尽くす。複雑なわけではない、正直に正確に書き尽くしていけば、もしかしたら人の心はこんな風なのか、と思ってしまうほど。というよりも、井戸川がすべてを代弁しているのか、あるいは創り出しているのか。とにかくすごい書き手で、これだけ書ききれる人を自分は知らない。
井戸川は「この世の喜びよ」で芥川賞をとったが、この「無形」では、芸術選奨文部科学大臣新人賞をとっている。その選考理由だが:
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井戸川射子氏の「無形」は、海に面する団地を舞台にして、立ち退(の)きを迫ら
れている老若男女(ろうにゃくなんにょ)の住民たちの姿を描いた作品だが、独特
の句読点の打ち方、切れ目を感じさせない焦点人物の切り替えといった新しい手
法によって、変わらないものと変わるもの、形のあるものと形のないものを言葉で
表現することに成功している。言語芸術としての小説にしか表現できないものを絶
えず追求しようとする姿勢は高く評価でき、今後の更なる可能性も期待させる点
で、文部科学大臣新人賞にふさわしい。
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さらに、次のような評も:
井戸川氏の長編小説は超絶技巧とも言える驚くべき手際で、団地の人間模様を描き出しながらも主観や感覚の細部へ末端へと叙述を展開、鮮烈な発見感とともに世界の根源をまぶしく現出させ、高い評価を得た。
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「超絶技巧」とまで描かれているけど、そうだね、そんな感じ。井戸川はこのところ自分の「推し」作家になっている。
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