村上春樹「蜂蜜パイ」(新潮社)

村上春樹と画家のカット・メンシックによる、新シリーズPicture booksの一冊。全6巻の予定で、これが5冊目かな。2025/11の発売。かつて村上が書いた短編集から一つ二つと採録し、それにカット・メンシックが挿絵を描いたもの。このブログでもこのシリーズの「図書館奇譚」をとりあげたことがあった。
「蜂蜜パイ」は2002年2月の短編集「神の子どもたちはみな踊る」の一篇。阪神大震災を受けて、村上が震災そのものではなく、震災をうけてひろがる心の闇や死者への祈りのイメージを暗喩を用いて表した作品群の一つである。久しぶりに再読。
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早稲田大学の文学部に入学した淳平と同じ学部のスポーツマンタイプの高槻が親しくなり、さらに高槻が同じクラスの小夜子に声をかけて3人のグループを作る。淳平も高槻も美しく聡明な小夜子を愛し、卒業後高槻は小夜子と結婚し、沙羅が生まれる。だが、その2年後二人は離婚する。沙羅が寝付けなくなると、小夜子は淳平を電話で呼び、淳平は父親のように沙羅に絵本を読んできかせたりする。クマの話。ハチミツをとるクマ、鮭をとるクマ、そして鮭がとれなくなると、ハチミツパイを作るお話。
小夜子と淳平はどうなるのか。「地震のおじさん」の悪夢から沙羅を救い出せるのか。ハチミツパイと地震の暗い箱の暗喩は何を意味しているのか。村上の短編のどれにも、ほのかに見える暗い川のような流れ、静かな会話、遠くに聞こえる通奏低音のような音楽。この小説にもそれらは見られ、いつもの物語だなと思う。いつもの不思議な世界への誘い。

村上春樹の長編は、ときに冗長になってしまうこともあるし、また後期になるにつれて、同じテーマ、同じ隠喩、同じイメージが繰り返されることもあるのだが、短編はどれも切れがよい。ちょうどいいところで終わる感じ。ちょうどいいといっても、かなり余韻を残すやり方が多いのだが。

ところで、村上は今「新潮」に長編(連作中編?)を書いていて、今月号でどうやら完結のよう。前回のものを一度借りたのだが、まもなく新作長編になるのだろうから、途中で読むのもなあ、と返してしまった。来年度早くにでるのかも。村上の長編はうーん、前回の壁がいまいちだったので、あまり期待はしない。むしろ、短編に完全にシフトしてくれないかなと思ったりする。それでも、きっと読むだろうな。

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