朝井リョウ「生殖記」

2024年初版の「生殖記」、25年の「本屋大賞」ノミネート作品でもある。
不穏なタイトルだが、実際かなり変わった視点の小説で、あらゆる生物が持つ「生殖本能」を擬人化し、主人公の尚成に住みつく「生殖本能」さんが、尚成の行動が思考にいちいちつっこみをいれて、ストーリーの語り手にもなっている形というか。最初はちょっと慣れないが、すぐに「ああ、この形で進むんだな」と了解できる。
尚成は30過ぎのサラリーマンで、家電関係の会社の総務部員、そこに同僚の大輔、女性の同僚の樹、若手同僚の颯などが絡んでくる、若手サラリーマン小説である。尚成は子どもの頃に同性愛的傾向を周りからからかわれ、ひどく傷つき、以来誰にも悟られないように生きてきた。自分をシャットアウトする社会に対して、自分もまた社会の中の役割を捨てて、たんに経済的自立だけを目当てに、周りと同調しながら生きている。LGBTが社会的認知を得た現代になっても、結局はそれが上から目線のものにすぎないと、覚めた気持ちでいる。会社でも学校でも、仲間でも社会全般でも、どこの共同体にいようと、その共同体のために余分に働く気持ちもないし、共同体の発展とか団結とかはまったく関心がない。ただし、自分の経済的安定は絶対必要なので、そつなく周囲との関係をこなしていくばかり。そしてその能力は極めて高いのである。
尚成のこの心理を、「生殖本能」が次々と解説したり、ちょっとはずれた行動とか言動には鋭く突っ込みを入れたり、と、これはある種のコント的なユーモアも生み出して、つまらない人間であるはずの尚成を、うまく救っていく感じ。笑える部分もある。何しろ、朝井リョウはこんな若者の会話が上手い作家なので。
最後一体どうなるんだと、ちょっとハラハラしながら読み進んでいった。
最初のとっかかりさえ越えれば、一気に読み通せる話であった。



 

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