「DTOPIA」安堂ホセ(河出書房新社)

 

ようやく気鋭の新人、安堂ホセの「デートピア」読了。噂通りのすごい作品だった。
「恋愛リアリティショー」というものが、テレビ?界隈であって、素人の若い男女がグループで一緒に生活しながら、そこでの恋模様などを実況中継的に放送する番組らしい。デートピアは、そのリアリティショーがタヒチ島の隣の小さな島で、国籍がバラバラな10人の男性と、ミスユニバースの女性一人との恋模様として、ネット中継されるという設定で始まる。日本人男性も一人参加。汽水(キース)と呼ばれる男だが、ストーリーの語り手から「おまえ」と二人称で呼ばれる形で始まる。
やがて、話はキースの生い立ちへ。そしてキースと語り手のモモとの関係へといったんは戻っていくのだが、二人ともミックス(ハーフ)の設定で、中学時代の「つっぱり」的反抗精神の持ち主同士。「性」にまつわる事件が起こって親を巻き込んで「性認証」的な部分も物語の大きな軸になっていく。少年時代の思い出だが、そのモモが10年後の今、ふたたびこの南の島に現れて、リアリティショーが別の様相を取り始める。

小説全体に、作者安堂ホセの「言いたいこと」「書きたいこと」がいっぱい詰まっていて、熱気があふれるのだが、主人公たちは決して雄弁ではないので、その熱気がうまく外に発散されず、何か黒い情念として下部で燃え続けている感じ、とでもいうか。テーマ的には、日本におけるミックス(特に白人というより有色人種とのあ)の生き方、悲哀、情動などと、LGBT、暴力や薬物的世界、そうしたものにさらされている「人の知性の在り方」の問題などが描かれている。

一つだけ。二人称小説で読みにくい。その二人称もちょっと揺れている感じがして、読みながら、いったん戻ってこれはどっちだっけと思った場面が二回ほどあった。それは意図したものなのかは不明。リアリティショーを世界中で見ている視聴者の視線も、作者は気にしているのだが、それはうまく複線的世界をまだ作りえていないかな。何しろネットでの放送だから、いつでもさかのぼれるし、ひとりひとりのその時の行動や表情を、見たいものだけ見れるという「新しいtype」の番組で、製作者の意図とは別の視聴者が勝手に作る世界というのもあり、のようなので。なんだかややこしいともいえる。
ところで作中人物が「」ではなく、『』で語る部分が結構あるのだが、これはがネット配信される際の画面上のセリフなのではという指摘がある人からあって、なるほどと思った。それまではどうして『』なのか不思議だったが、納得…か、な。
以下は昨年の芥川賞受賞の選者の言葉。

安堂ホセ男30歳×各選考委員 作家の群像へ
「DTOPIA
中篇 233
年齢/枚数の説明
見方・注意点
選考委員評価行数評言
松浦寿輝
男70歳
17「いつもながら惜しいなあと思う。」「人工水晶のなかに封じ込められた冷凍睾丸のイメージなど、魅力的な細部も少なからずある。しかし文章表現もプロットの組み立ても粗雑に過ぎる。」
島田雅彦
男63歳
22「エピソードとテーマを花火の乱れ撃ちさながらに繰り出してくる。その過剰さで読者を煽る。」「人称や焦点人物はめまぐるしく入れ替わり、エピソードも強引に連結されてゆくが、そのポリフォニックな構成の割に、登場人物のキャラやプロットがやや粗雑になっているのは惜しい。」
小川洋子
女62歳
17「他の候補作をなぎ倒すエネルギーにあふれていた。」「気休めの感傷など寄せつけない、冷ややかな血の滴りを浴びるような体験だった。安堂さんにしか作り出せない小説世界がある、と確信できた。」
奥泉光
男68歳
25「選ぶならこの二作(引用者注:「DTOPIA」と「ゲーテはすべてを言った」)だろうと考え選考会に臨んだので、結果には納得できた」「テニスで云えば、相手のミスを待たず、ストロークを振り切り積極果敢にネットに出るスタイルに好感が持てた。」「しかし全体にはまとまりを欠いて、雑駁さも目立ち、受賞作とするのを躊躇わせるものがあったが、熱気とエネルギーに押された。」
山田詠美
女65歳
28「この作品、圧倒的な熱量を評価する声があったが、私は、読むそばから古びる言葉を惜しげもなく書いては捨てて熱を冷ましながら進むところが良いと思った。惜しむらくは、詰め込み過ぎなところ。一度、すべてを分解して、短編をものしたら、さぞかしタイトで読み手の体内にヒットするものが出来上がるだろう。」
吉田修一
男56歳
0 
平野啓一郎
男49歳
25「リアリティと荒唐無稽さとが入り乱れる複層的な物語を通じて、インターセクショナリティを巡る差別と批評のクリシェに肉感的な内実を与え、社会の痛覚を刺激しながらその受け止めを迫っている。」「主人公モモの物語が平穏に着地しすぎている点は気になった。しかし、まさに今日描かれるべき主題を、誰も思いつかない物語へと過剰に展開してみせる作者の力量には圧倒された。」
川上弘美
女66歳
16「指摘しようと思えばいくらでも「偏っている」と言えるのに、それらの文句を全部おさえこんでこの小説を応援したくなる、作者の骨惜しみしなさ加減に、わたしは胸を打たれました。作者が書きたいこととわたし自身の興味がぴったりと一致しているわけではないけれど、でも、この作者が書きたいことは尊重したい。たとえ自分とまったく相いれないものであっても。と思わせてくれる小説で、一番に推しました。」
川上未映子
女48歳
14「「私」と作者自身の認識に見分けのつかない箇所もあるが、マイノリティへの偏見や、主体性や多様性をめぐる問題と議論とを網羅しかつ多層的に構成しようとする野心、それを支えるこの作者特有の鮮やかな熱量を評価した。」

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