『わたしのおとうさんのりゅう』伊藤比呂美(左右社)

2025年10月20日初版。詩人伊藤比呂美さんの、これは自伝的エッセイかな?
児童文学の『エルマーの冒険』とか『ドリトル先生』とか、子どものころによんでもらった、あるいは自分で読みだしたころの思い出から始まるのだが、それがいつしか縁側で語り聞かせるように読んでくれる父親の思い出になっていく。父はヤクザだった。母は芸者だった。本当の話である。父の体一面に刺青が彫られている。しかし父はヤクザになる前に、特攻隊員だった。陸軍少尉で、特攻隊の教官をし、若者を死地に送り出し、自らはかろうじて死を免れた人だった。母は子どもの頃に芸者置屋に売られ、やがて台湾にわたり、そこからさらに南方に行く途中で船が攻撃されかろうじて生き延びた。伊藤さんは、様々な手を尽くし、父母の過去を調べていく。果たした自分の記憶にあるそのままの父母だったのか。

伊藤さんは70歳。自分と同世代である。貧しさの中で育った世代。誰もが貧しかった時代である。そして戦争の影がまだまだ濃かった時代。その時代に読んだ様々な児童文学の思い出を語りながら、父と母の時代を振り返るのである。

面白かった。特に父親の波乱万丈の人生が、ああこれがあの当時の日本の男の一つの美学というべきものだったんだろうかと思ったり。母親のこれまた厳しい青年期と、そこを生き延びてそして娘との確執に悩みながら、夫をたて夫とともに生きた人生。その最後の消え方。母に何度も理不尽に叩かれた記憶、母への屈折した思いが最後に吐露されていて、胸が熱くなった。一気に読ませる本でした。

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