「すべて真夜中の恋人たち」川上未映子(講談社) 2025/10/12

川上未映子の少し古い2011年作の小説。2026年に、岨手由貴子監督、岸井ゆきの、浅野忠信で映画化が決定した。今日はその原作本を読む。


34歳のフリーランスの女性校閲者冬子と58歳の物理教師三束との出会いがあって、誰とも距離を置き自分を主張することを避けてきた冬子が、静かで波風のほとんどたたない自分だけの生活の中で、少しずつ三束のことを考え始めるようになる。それが恋心になるのも時間がかかるし、恋が燃え上がっていくのも時間がかかって、じれったい、でもこういう女性がいるっていう、その実感は確かに伝わってきて、寡黙な三束の人柄とあわせて、二人の恋が成就したらいいのに、と応援したくなる。
冬子の仕事を差配してくれる有能な女性編集者の聖が、同い年でありながら冬子と正反対の性格で、世間離れした冬子を現実につなぎとめてくれているような存在。聖のセリフは長く挑発的で、二人は主従、陰ひなたな関係に見えるけど、求めあうものもとても多い。

…と書くと普通の恋愛小説に思えるでしょうが、いやあ、はまりました。これほど切ない思いはしばらくしたことがなかったほど。主人公に共鳴し、なんとかならないものかと親身になって考えてあげたいほど。そして、終盤の心が一直線に男に向かっていくさまに、男の読者である私でさえ、胸が苦しくなるほどの、これは文体?描写?作者の憑依?なんていっていいか、せつない気持ちになってしまう。うまいとか、正確とかではなく、何か真実に吐露するものがそこにあった。川上の本性というか面白さは聖のような強いアクのある人物が描けるところにあるんだが、冬子のようなかそけき存在を結晶のように美しく描き切る才能はやはり特異なもの。見事でした。

前半はやや冗長だが、全体の4分の3くらいから一気に動き出すドラマチックな展開はなかなか。さらにエンディングの、ああこれだったのかという終わり方も、伝統的な小説世界の技法なんだろうな。恋の話、まあ「恋だけ」の話なので、興味がない人はいるかも。私はとっても好みの作品です。

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