梯久美子「好きになった人」(ちくま文庫)

島尾敏生や硫黄島守備の総司令官栗林中将を扱ったノンフィクションでいくつもの賞をとったノンフィクションライター梯久美子さん。この方はNHKの「あんぱん」で話題のやなせたかしが編集長を務めた「詩とメルヘン」の初期の頃の編集者でありやなせの薫陶を受けた一人。またドラマで八木上等兵が作った会社、実際はサンリオの社長をしていた辻信太郎の秘書もしていたという経歴。やなせの関連本はいくつもでているが、梯が書いたやなせたかしの関連本も二冊ほどあるようだ。
梯のノンフィクションはどれも素晴らしく面白い。このブログでもいくつか紹介しているが、「好きになった人」は短めのエッセイ集という趣で、彼女のライフワークと言える戦争と人間、特に沖縄、加計呂麻島、サイパン、広島などを訪れた様々な思いでを中心に書き進められ、後半は、梯のプライベートな生活、家族、生い立ちのことが混じってくる。戦争とは離れて、これまでインタビューで会った多くの著名人の話もなかなか。リリーフランキー、児玉清、吉本隆明など、人となりがうかがえる珠玉のエピソードに満ちている。

それでも一番は、無名の清く正しく生きた日本人のこと。例えば、「ずゐせん学徒隊」のこと。「ひめゆり学徒隊」は有名だが、ほかにも戦場に送られた女子学生たちはたくさんいた。ひめゆり部隊が一番人数が多かったので語らえることも多いのだが、ずいせん隊にも61人が動員され33名がなくなっている。宮城さんという方がその墓守を今もなさっている。そのかたとの話はなかなか胸をうつものだった。
ひめゆり隊の慰霊碑のそばにずいせん隊の慰霊碑もあるが、花で覆われたひめゆり隊の墓に比べ、ずいせん隊の墓には一輪の花もなかったとか。誰も語る人もおらずやがて歴史の闇に消えていく、そんな小さな人間の営みを梯さんは等しく我々の前に届けてくれる。
遺骨の骨を洗う話、石垣りんのサイパンの崖から身投げする女性たちの詩、島尾ミホの話、どれ一つとして、涙なしには読めない、と思う。

梯は、北海道での子供時代のこと、家族の思い出などを時代のできごとなどと合わせてエッセイにしているが、それが自分の若かりし頃と重なって、そうだそんなTVあったなあとか、そんな歌があったなあとか、いろいろ思い出され、懐かしく読むこともできるのである。この人は、とっても庶民的な感覚の人で硬い話も柔らかく書ける才能の持ち主、日常の出来事を書きながら、時代を描けるライターだと思う。


コメント