2021年に「推し燃ゆ」で芥川賞をとった宇佐美りん。これが受賞後最初の作品で2022年
5月初版。これもなかなかの快作。
徹底的な家族の小説、という風。家族以外の友人や先生もほんの少し登場し、あっという間に背景に消えていく。描きたいのは家族のこと、つながり、生きている意味のこと。
女子高生のかんこは不登校気味で、寝不足を学校で補っている様子。両親と三人暮らしだが、兄が家を出てさらに大学を中退、弟は高校進学で祖父母のいる街に引っ越している。問題は父親。家族思いで勉強も全部見てくれるいい父親と思いきや、きれると子供たちに暴力をふるい、激しく叱責するタイプ。母は脳梗塞を患い、精神的にやや崩壊気味で、かんこはそんな両親を見捨てることもできず、生きる意欲や将来への夢をもつこともない。
父方の祖母が亡くなったという知らせで、群馬の片品村へ向かう。兄夫婦もやってきて、弟もやってくる。泊りは車中泊。かつて穏やかな家族だったころ、あちこちを車中泊しながら旅をしていた、その記憶を壊れかけた母親が懐かしみ、車中泊でと父に頼むのであった。葬儀のあと弟を乗せてさらに昔訪れた遊園地へ。しかし、母の望みはかなわず、さらなる家族の軋轢と衝突を招いてしまう。
父がなぜこんな風に家族に対してきつくあたるのか、弟はそれをどう見てきたのか。母は長年父に我慢してきた、その鬱屈した思いがいま壊れかけた人格の裏からかすかに見えてくる。どうしたらいい、かんこは逃げられない。自分だけが逃げて助かることはできない。救われるならみんな一緒に、そうでなければ…かんこの思いは、なかなか深く暗いのである。
娘であるかんこの視点から、家族の真実というものを描き出している。しかも当事者である自分がもう十分なほど痛めつけられていて、死の誘惑さえあるなかで、正気を保ちながら、生きている。だが、がんばってたら、もう家に入れなくなった。ずいぶん長く家の駐車場の車の中で暮らすようになった女の子。学校は行っている、母と話もできる、父と話もできる、でも家に入れない、そんな状態。「くるまの娘」とはそのことだった。
胸を打つ少女の思いが描かれて、それは救いの手を差し伸べることできないのだけれど、読みながら、この娘に幸いあれと願わずにはいられないくらい。
宇佐美りんは25歳か。まだ小説は三つしか発表していない。これからどんな小説を書いていくのだろう。「推し、燃ゆ」「くるまの娘」とも宇佐美と同じ年代の女性を描いていて、今度書くのは別のもの、別のテーマで勝負してほしい気もする。でも書きたいものをとことん書くというのも、一つなのか。ストーリーテラーではない。サービス精神も少ないんだけど、小説の才能は抜群。文章があまりにもリリックでびっくりするほど。読みにくそうで、一気に読めるタイプ。いい若手作家だと思った。
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