『黒牢城』米沢穂信(KADOKAWA)・・・と『元彼の遺言状』新川帆立(宝島社文庫)

 2022年の直木賞受賞作品。この前年の2021年、第12回山田風太郎賞を受賞、同年に「ミステリが読みたい!」「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」の国内部門1位となり、史上初となるミステリ・ランキング4冠を達成した。

歴史小説+ミステリー謎解き小説という雰囲気。室町末期、信長に反逆しした荒木村重がたてこもる有岡城での出来事。籠城生活の中でいくつかの事件が起こる。村重は、開城を説得にきた黒田官兵衛を捉え地下牢に押し込めていたが、事件を解決するため官兵衛の知恵を借りる。官兵衛が囚われる天正6年(1578年)11月から、村重が城を抜け出し、落城する翌年10月までの一年間の物語となる。
官兵衛をまるで『羊たちの沈黙』のレクター博士のごとく描き、両刃の刃となる官兵衛の言葉に解決のヒントを得ながら、同時に牢にいる官兵衛に次第に追い込まれていくような不穏な流れとなっている。見事な作品で、この時代、この人物にふさわしい重厚感がたっぷり。ミステリー部門をやや強調しすぎたきらいがあり、この形でなくても十分に面白いのだが、たぶん作者は「官兵衛の幽閉」という史実をもとに、思う存分想像力を働かせて楽しみたかったのだろう。素晴らしい作品!

なお、米澤は2023年、『可燃物』で「ミステリが読みたい!」「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」の国内部門1位となり、4回目のミステリ・ランキング3冠をとっている。

米澤穂信男43歳×各選考委員 作家の群像へ
『黒牢城』
連作長篇 834
年齢/枚数の説明
見方・注意点
選考委員評価行数評言
浅田次郎
男70歳
21「読者を面白がらせるためには、作者がまず面白がらねばならぬという手本である。そうした種類の情熱によって、実は相当に強引な筋立てを立派な形に造り上げた。小説は嘘の構築であるから、むろんこれでよいと思う。」
桐野夏生
女70歳
52「読み進むうちに、これはまさしくプロの仕事だと感銘を受けた。」「品が良く簡潔な文章と、人物造型の巧みさ、ディテールのリアリティなどによって、有岡城の様子が伝わってくる。」「とりわけ、南蛮宗や一向宗など宗派の違う者や、身分の違う者が寄り集まって籠城することによって生まれる疑心暗鬼を敏感に拾う村重の鋭い感受性が、物語を引っ張ってゆく設定が秀逸である。」
宮部みゆき
女61歳
41「個人的には、江戸怪談を書き続けながら大文字の「宗教」の取扱いに苦しんでいる私は、米澤さんが『黒牢城』のなかで、長島の戦いを生き延びた一向宗の宗徒の真実を、地の文による解説ではなく、当人の肉声で語らせていることに感嘆しました。その肉声は確かに私たち読者の耳に届き、この作品に心を与えたと思います。」
林真理子
女67歳
35「(引用者注:「塞王の楯」と共に)二作受賞と考え選考会に臨んだ。」「登場人物たちが、いかにも戦国武士らしい風格を備え、そのようにふるまうことに舌を巻いた。」「全体的には重苦しいシーンが多い作品であるが、ラストの再会には救いがありよい読後感を持った。」
角田光代
女54歳
38「ここ(引用者注:第四章)で提示される「奇瑞」、絶望から何が人を救うのかという千代保の「声」は、それまでの謎と謎解きの信憑性の有無を吹っ飛ばすほどの迫力がある。」「ミステリーや時代小説は、謎解きや史実に縛られて、それらの内側で人が動いていることが多々あるけれど、この小説は、地下牢につながれた官兵衛、村重、千代保といった人々がまさに生きて、彼らの思いが謎を生み出し、時代を動かしていると私には感じられた。」
三浦しをん
女45歳
48「降りかかる謎の設定も籠城戦の進展に合わせてさまざまに趣向が凝らされ、しかも謎解きが端正。」「すべてが静かに霧に沈んだ心象風景のなかに、本作の肝(だと私は思う)、「信仰とはなんなのか」という問いかけが黒々と蠢いている。」「ただ、登場人物のその後が羅列されるのが、少し無念だった。」
北方謙三
男74歳
30「はじめは戸惑ったが、気づくと引きこまれていた。レクター博士のような黒田官兵衛も、困ったものだと思いながら、最後には好きになっていた。」「戦国時代の籠城戦と密室の謎解きの組み合わせに、どういう必然性があるのか、ふり返るとわからなかった。面白ければいい、と私は純粋な読者の気分になっていた。」「(引用者注:「塞王の楯」と共に)今回は積極的に、二作(引用者注:受賞)という意見を私は述べた。」
伊集院静
男71歳
36「戦国時代の群像を描くにはあまりに上質で、よく構築された構成の力量に並々ならぬものがあった。」「文章の安定感と簡明さは、才能だけでなく腕力のようなものなのかもしれない。小説の勘どころをすでに体得していらっしゃる。羨ましいほどである。」
高村薫
女68歳
28「玄人はだしの細部や武士たちの立ち居振る舞いの描写は、まさに他の追随を許さない重厚な時代小説の誕生かと思わせる出来栄えだったが、如何せん、そこに一章毎に差し込まれた謎解きの仕掛けは、評者には興覚めだった。」「評者は、謎解きと戦国時代の取り合わせは成功していないと思うが、前人未到の意欲的な挑戦は、本賞がつねに歓迎してきたものである。」
他の候補作
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もう一冊は新川帆立の『元彼の遺言状』。これも「第19回『このミステリーがすごい!』大賞」の大賞をとっている
綾瀬はるか主演でTVドラマにもなっていたようで、見た方もおられたと思う。
一気読みしたのだが、こちらは私の好みにあらず。作者がミステリーを書きたいと思って書いているのはいい。
ただ人間が納得いくようには描かれていないので、読むのがつらくなる。ストーリーは追って謎は解きたいが
そこまで、という感じ。これ以上はかかない。




コメント