『プラナリア』山本文緒(文藝春秋) これはエンタメ系?純文学系?

2000年10月初版、2001年1月に直木賞受賞。下記に引用したが、ほぼ満票に近い絶賛を受けた小説(短編小説集)である。5つの短編小説がそれぞれ50ページ強で並んでいて、それぞれに味わいがあって、一気読みしてしまった。最初の4編は女性、最後が男性が主人公。最初の四つはテーマは仕事と結婚と人生のという表舞台から、ちょっとはずれてしまい、そのどれにも「いきがい」「価値」を見いだせなくなっている女性の独特な感覚とその悲哀のようなもの。最後の『あいあるあした』はちょっと雰囲気が違うが。
どれもおおむね変わった女性で、難しいタイプの人なので、自分が付き合いたいとは思わないのだが、変な話、人間観察的にはとても興味深いタイプ。そして軽くなくてわりと深い人なのです。
この小説、例えば、今村夏子の小説の登場人物とはまた違った、それほど奇人でもない人間の奥深さを描いていて、人の心の底にあるもの、定型的な前向きさとは程遠いもの、ねじ曲がっているように見えてストレートな意思とか、そんなものを表出している感じ。これはエンタメ系のジャンルに与えることが多い直木賞の対象なのかなとちょっと思った次第。傑作ではあるんですが。

さて、下の選評を読むと、最後の「あいあるあした」の評価が特に高い。確かにこれは、他の作品が働くことが実はいや、という通奏モチーフに対して、逆の一つの答え的な何かで、不穏な他の作品に対して、穏やかなエンディングをもった作品で「ほっと」する感じ。
山本文緒は50代でもう亡くなっていて新作は読めないが、多作の方なのでこれからも読み続けるだろう。 

山本文緒女38歳×各選考委員 作家の群像へ
『プラナリア』
短篇集5篇 410
年齢/枚数の説明
見方・注意点
選考委員評価行数評言
田辺聖子
女72歳
49「投じた票が開かれるや否や、たちまちほとんど満票を集めてしまった」「文章にリズムがあって現代の匂いがぷんぷんしていて面白いから、スカスカと読めるが、底の岩盤はがっちりしている。人生と人間の洞察力のことである。それが文学的肺活量を大きくしている。」
津本陽
男71歳
22「書きかたも随分手慣れていて、チャランポランのようでありながら、すぐに読み手を引きこみ、触手のようなものがまとわりついてきて、はなしてくれない。」「とにかくおもしろかった。こういうのを、「天然の資質」というのだろうかと、ひそかに思った。」
平岩弓枝
女68歳
28「私の好みでいわせてもらえば、(引用者注:収録作品群の)後半になるほど作者の視野が広がり、人間に対する見方に自信が強くなっている。この調子でどこまで伸びて行くのかと期待をこめて推した。」
宮城谷昌光
男55歳
15「氏の文章はまことに読みやすいが、やはり映像先行型であり、ことばを隷属化している。自己への徹底的な問いかけが不足しているせいではあるまいか。氏が沈黙することばに気づいたら、どれほどすばらしい作品を産むであろうか。」
黒岩重吾
男76歳
35「新鮮さに眼が洗われる思いがした。」「人間を鋭利な刃物で抉りながらも小気味が良いし、時には詩的でさえもある。」「また氏の居酒屋の主人を視る眼は、お見事、の一語につきる。古い匂いを背中に漂わせている中年男性をこれだけ描き切るには、頭だけでは無理であろう。」
林真理子
女46歳
35「山本さんは「プラナリア」でさらに飛躍された。」「今までの恋愛小説に出てくる、恋や仕事に前向きの女という理想像に、山本さんは大きく×印をつけたような気がする。また後半の、居酒屋の主人を主人公にした短篇などは、作者の著しい成長を見せるものだ。」「山本さんはまさしく「大化け」した。」
阿刀田高
男66歳
17「一皮深いところで人間を捕らえている。それを示す確かな表現を持っている。」「芸域を広げてみたい……。小説家の本道を踏んでいることは疑いない。納得のいく受賞であった。」
渡辺淳一
男67歳
18「最も惹かれた」「軽妙な文章もさることながら、人を見る目、いいかえると、人間への視力がたしかである。」「「あいあるあした」は快作で、この作家の強みは、女性の主人公はもちろん、異性である男の主人公もそれなりに書けることで、先の人を見る視力があるかぎり、長く着実に、小説を書き続けていくことができるだろう。」
北方謙三
男53歳
19「どこかに淡々としたさりげなさがあり、ほのかな死の匂いも漂い、日常のあやふやさが逆に緊張感を呼んで、質のいい短篇集に仕あがっていたと思う。そして、『あいあるあした』の酒場の親父の話で、ほっと息を抜くこともできた。」「この作品も、やはり授賞には賛成した。」
五木寛之
男68歳
10「あえて言うことはない堂々たる佳作である。」「手だれの書き手であり、キャリアも十分、新しい野心作も期待できるはずだ。」
井上ひさし
男66歳
22「なによりもまず文章のよさで傑出している。」「加えて主題がいい。〈なぜ人は働かなければならないのか〉は、漱石の『それから』の代助以来の大主題。この根源的な主題を扱いながら、歯切れのよい文章で、小さいけれど魅力的な短篇群を紡ぎ出してみせた山本さんの作家的膂力に、感嘆符のたくさん咲いた花冠を差し出さずにはいられない。」
他の候補作
 

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