『半落ち』横山秀夫(講談社)

横山秀夫 の作品は「クライマーズ・ハイ」と「64」を読んでいて、いずれも力作。警察小説を書く作家という認識だった。今回は「半落ち」を読む。2002年の作品で、当時はベストセラーになり、「このミス」「文春ミステリー」という二大ランキングで一位をとるという快挙。2004年に映画化もされた。

ところが、ご存じの方も多いだろうが、その年の直木賞選考会で、この作品が「ミス」があるということで選に漏れてしまった。そのあといろいろとあって、横山は「直木賞決別宣言」をしてしまう、という因縁の作品である。

ストーリーを簡単に要約すると。
とある県警の警部が妻を絞殺し、自首するという事件が起こる。警部はアルツハイマーに苦しむ妻に頼まれてやむを得ず殺すのだが、そのあと2日間の空白をおいて出頭した。この二日間に何をしていたのか、その事実検証をめぐって、警察と検察での対立が起こってくる。
事件を6人の関係者の立場から描いていく構成で、警部、検察官、記者、弁護士、裁判官、そして刑務官と、それぞれの視点から犯人の元警部の人物が明らかになり、県警と地検の確執などもあきらかになっていく。その中で、空白の二日間がわかってくる。
「半落ち」とは「完落ち」に対して、犯行は認めるが、直後の行動については黙秘するといった、完全に自白していない状態を言うようだ。
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非常に面白い作品で、臨場感がたっぷり。警察、検察の官僚体質、パワハラ体質はこのハラスメントがうるさい今の時代でもあるんだろうかと思ったりしながら読んだ。最後は泣ける。
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ところで、上記の「ミステイク」の話なんだが、これはストーリーの肝に関わるのでここで詳述しない。未読の方はまず読んでから。読んだ方で知りたい人は、横山秀夫直木賞決別などのワードで検索すると詳細がわかるだろう。

以下は当時の直木賞選評。この回は該当者なしとなったようだ。
横山秀夫男45歳×各選考委員 作家の群像へ
『半落ち』
長篇 567
年齢/枚数の説明
見方・注意点
選考委員評価行数評言
井上ひさし
男68歳
28「疑問とすべき箇所も多いが、作者の新工夫は、ここでも光っている。すなわち事件を警察の内部から、たとえば言えば、総務課から描こうとする作者の発明がここでは一段と強調されている。また、呆れるほど頻繁な行替えや体言止めの多用など、これまでの小説技法では禁じられていたものを逆用して、文体を読みやすくした工夫もさらに徹底されている。」
黒岩重吾
男78歳
11「緊迫感を伴い読者を引っ張ってゆく手腕は申し分がない。ただ何時も感じることだが、これだけ活躍しているにも拘らず、登場人物に汗の臭いが感じられない。一歩踏み出し推すのをためらう理由である。」
宮城谷昌光
男57歳
7「目くばりの悪さがある。みなければならぬものをみる速度が、小説の豊かさを殺いでいる。小説の筋をふくめてきれいでありすぎることは、魅力に欠けるということでもある。」
北方謙三
男55歳
22「関係の団体に問い合わせて見解を得、主人公の警部の動きには現実性がないことを、選考の途中で報告することになった。(引用者中略)最終的には議論はそこまでには到らなかった。妻を殺しながら人を助けようとする、主人公の生命に対する考えに抵抗が多かったのだという気がする。細かいところで私はいくつかひっかかっていたが、そこは物語の流れの中で読み過し、正直、意表を衝かれた。」
渡辺淳一
男69歳
35「期待して読んだが、いささか失望した。その最大の弱点は、中心人物ともいうべき、妻殺しの警官が、つくられた人形のように存在感がなく、魅力に欠けることである。」「結末はいかにもきれいごとすぎてリアリティに欠ける。」「すべてがお話づくりのためのお話で、人間の本質を探り描こうとする姿勢が見られず、いわゆる推理小説の軽さだけが目立つ。」
林真理子
女48歳
23「今、ベストセラーを驀進のこの作品を、私はどうも評価出来ない。」「途中から結末が見えてしまう。」「席上、「犯人が歌舞伎町に行くことがそんなに悪いか。それほど大事件か」という声があがったが、私も同意見である。しかもこの作品は落ちに欠陥があることが他の委員の指摘でわかった。」「一般読者と実作家とは、こだわるポイントが違うのだろうかと考えさせられた一冊だ。」
阿刀田高
男68歳
11「推理小説としては謎が浅い。」「ヒューマニズムを訴える点では盛りあがりに欠け、加えて現実には不可能な設定があるとなると、リアリティーに欠け困ってしまう。最後に主人公の梶聡一郎の章が必要だったのではないか。」
田辺聖子
女74歳
15「今回、私は『半落ち』(横山秀夫氏)ときめて臨んだ。」「今回の作品も期待を裏切られない緻密な構成だ。」「すべてが解明されたあとの納得のあと味も爽快感あり。ただ設定上の疑問点を指摘する声もあり、魅力ある作品だが、ついに見送られて私としてはいたく残念であった。」
津本陽
男73歳
7「私が推そうと思った作品であった。ちょっと行儀がよすぎるようにも思えたが、悪くない。しかし、手続上の問題で疑義があるとのことであったので、つぎの作品を待つことにした。」
平岩弓枝
女70歳
5「作者はもう直木賞を受賞してよい実力者なのに、今回の作品には大事な部分に問題点が指摘されたのは惜しかった。」
五木寛之
男70歳
10「前半三分の一まで引き込まれて読んだが、後半の予定調和的な結果には、大いに失望した。組織と人間の悪を描くことに徹すれば、この作家は大きな存在になるかもしれない。」
他の候補作

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