辻村深月『鍵のない夢を見る』(文藝春秋社)

2012年の直木賞作品、辻村深月の『鍵のない夢を見る』を読む。辻村さんは、本屋大賞をとった『かがみの弧城』を読んだことがあるが、それ以来。『かがみの弧城』はかなり読ませる長編だったが、テーマが確か学校でのいじめだったかな、結構深刻なもので、今一つテイストが合わないと感じた記憶。

『鍵のない夢を見る』は、5つの短編をまとめたもので、鍵のない夢を見るというタイトルの短編はない、つまり、5つの作品全体テーマということなんだろうが、まずこのタイトルの意味がわからない…読後の今も。
それはさておき。この短編集の主人公は、地方で平凡な暮らしをしている若い女性で、作品は穏やかな書き出しから始まっていくのだが、やがてその女性が少しずつ異様な方向に傾いていくというもの。心もそうだし行動も、少しずつ変になっていくのである。これ英語で言うとweird という単語がぴったり。あくまで自分にとってだけど、「マイルドホラー」という感じがしていた。ここまでな人はいないだろうと思ったり、でもこの人どうなるんだろうと思って読み進めたり。その意味で、読者をうまくひっぱっていって、あっという間に結末に。ミステリー風味もあり、達者な人だと思った。ただし、自分はこの小説がうんと好きかというと、そうでもないのです。とりあえず、一気に読ませます。
*以下は直木賞受賞の選評


『鍵のない夢を見る』
短篇集5篇 374

選考委員評価行数評言
桐野夏生
女60歳
26「抽象的な総タイトルがピンとこないほどに、どの作品にも具体的な「生」がある。この短編集は、ひとつ高みに向かおうとする、大人のための小説群だと感じた。優れた長編の出現を望む声もあったが、私はこの作品で充分である。」「どうにも咀嚼できない他者の存在に戸惑い、地方都市に閉じ込められた女性たちの孤独や苛立ちがよく描かれている。」
伊集院静
男62歳
37「力作短篇集であった。」「「美弥谷団地の逃亡者」は永井龍男の短篇を読んでいる錯覚がした。辻村さんは日常の中の深い溝をテーマにしてきたが、その設定が奇異に見えるところがあった。ところが本作はありきたりに思える日常が平然と扱われ、その分だけ人間の業欲、凄みが出てきている。書くべきテーマと世界にぶち当たった感がある。」
浅田次郎
男60歳
15「相変わらず達者なストーリーテリングに感心した。実にハズレのない作家である。しかし、そうした才能に恵まれながら、現実に起こった事件を彷彿させるのは、この作家の本領ではあるまいとも思った。」
宮部みゆき
女51歳
31「私は賛成票を投じていませんでした。」「でも(弁解がましいですが)、反対意見を押し戻すだけの強い賛意を集め、会心の受賞になったのではないでしょうか。私も、「芹葉大学の夢と殺人」は、同じような素材を扱った多くの小説を圧する傑作だと思います。〈夢を持って生きているはずの若者が、いつの間にか夢に人生を喰われている〉姿に、げんなりするようなリアリティと、もの悲しい説得力がありました。」
北方謙三
男64歳
17「内むきの小説である。地方都市の、どこにでもいそうな男と女。その狭さゆえか鬱陶しさがつきまとうが、読み進めると、作品の底から別の広さがたちあがってくる。人の心の拡がりである。」「正直、私の好みの作品ではないが、人の普遍性に到達した世界が、私に受賞を同意させた。」
林真理子
女58歳
37「「鍵のない夢を見る」を推そうと選考会に臨んだ。」「今度の小説で辻村さんは見事に大人の人生を描き切っている。それぞれの小説には、地方に住むことの閉塞感、現実に向き合うことの出来ない人間の孤独と狂気が表現されているのだ。」「私は直木賞というのは、今盛りの人気の人に獲ってもらいたいと思う。ターボがかかるからである。辻村さんはぴったりの受賞者だ。」
宮城谷昌光
男67歳
9「心理的トリックをつかった作品で、したたかではあるが、少々ずるい、とおもわれた。他人にとってたいしたことではないのに、自分にとっては重大事、ということは、ままある。」
阿刀田高
男77歳
22「短篇連作集として姿が整っていること、つまり五つの異なったトピックスを扱いながら全体として統一したモチーフを踏んでいるところが、ここちよい。手だれと感じた。読んで、辛く悲しい作品集だが、最後の「君本家の誘拐」など、ホッと救われる部分も散見されて、このあたりに次の可能性が潜んでいるのではあるまいか。」
渡辺淳一
男78歳
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