「八月の御所グラウンド」万城目学(文藝春秋)

2023年度後期の直木賞受賞作品

「十二月の都大路上下る」と「八月の御所グラウンド」の二つの中編が一緒になっている。
「十二月…」は女子高校駅伝出場で京都にやってきたある高校の補欠の生徒が、正選手の病気のため急に出場することになって、慌てつつ、焦りつつ、なんとかゴールする話なのだが、走りながらありえない不思議な伴走者を目にする話。
「八月…」は続きかと思ったら、全然別の話。同じ京都で京大の学生がひょんなことから朝野球に出ざるを得ず、そこに集まってくるこれまた不思議な選手と交流をする話。いずれも京都が舞台、若者が主人公、軽く会話の多い文章、ユーモアと脱力的な雰囲気。そしてどちらにもきわめて不思議な「霊的な現象」が起こる。

読みやすくて、楽しい小説。あっという間に読み終わって、もう少しこの時間を楽しみたいと思ってしまう。最良のエンターテインメントの一つであった。
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以下に直木賞選考委員たちの評を貼っておく。
林真理子と三浦しをん、京極夏彦が特に推した作品だったようだ

万城目学男47歳×各選考委員 作家の群像へ
『八月の御所グラウンド』
中篇集2篇 309
年齢/枚数の説明
見方・注意点
選考委員評価行数評言
京極夏彦
男60歳
20「結構性も整合性も、ストーリーすらも失効し、“ただ読むこと”だけが面白いという希有な仕上がりの小説となっている。小説を、小説という軛から解き放つことでより小説たらしめんとする著者の試みは、原初的(ルビ:プリミティブ)な読書の悦びを引き寄せてくれるものである。その手付きには羨望すら覚える。」
浅田次郎
男72歳
18「いつの時代のどこの国にも、必ずひとつの席が用意されている作家だと思う。」「「十二月の都大路上下る」と表題作の「八月の御所グラウンド」はどこかで話がつながると思いきや、他人のまま終わってしまう。それでもなぜか不満は残らず、これも作者の企みのうちかと思わせるのは、すでにベテランの芸域と言えよう。」
桐野夏生
女72歳
21「二作とも京都が舞台の、いい具合に肩から力が抜ける面白い読み物だ。」「表題作「八月の御所グラウンド」は、野球をテーマにした青春小説の趣がある。確かに、八月の暑いグラウンドでは、鮮やかな白昼夢が起きそうだ。だから、むしろリアルで、悲しく感じられた。」
高村薫
女70歳
17「ふつうに道端ですれ違う女子高生やさえない大学生が、そのまんまの言語感覚、身体感覚で登場し、いつの間にか読者の隣で喋っていたり、笑っていたり。気がつけば、幽霊までが当たり前の顔をして、一緒に草野球をしている。それがなんとも楽しく、理屈を全部放りだして、まさに小説が疾走しているのだが、これぞプロの技というものである。」
林真理子
女69歳
22「(引用者注:「ともぐい」と共に)強く推した」「最初は学生たちの青春小説だと思いきや、途中から違う様相を見せる。(引用者中略)日常の中に、ふわりとさりげなく非日常を入れていく技は、ベテランならではの技だとうなった。」「しかし冒頭の短篇は不要だったと思う。」
三浦しをん
女47歳
28「(引用者注:「襷がけの二人」と共に)推した。」「自由すぎる小説だ。」「登場人物たちの眼差しが過去へと向けられる瞬間、小説の力によって、私も幽霊(らしき存在)の声と思いをまざまざと聞いた気がした。独特の飄々としたユーモアに満ちた本作だが、いまの時代について、実は極めて自覚的に、真剣に考え抜いて書かれた小説なのではないかと感じる。」
宮部みゆき
女63歳
20「(引用者注:「ともぐい」と共に)形も色合いも食感も味わいもまったく異なる二種類のお菓子のようでした。(引用者中略)遠くかけ離れた二作でありながら、点数に大きな差はありませんでしたし、選考委員がみんなで熱っぽく、楽しく議論した二作でしたから、同時受賞は正しい結果だったと思います。」
角田光代
女56歳
20「死者が登場するという設定は新しくないし、読んでいても驚かないが、その驚きのなさが何より魅力的な小説である。具合のいい力の抜き加減が、京都ならそういうことがありそうだと思わせる現実味を作っている。」


 

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