「テヘランのすてきな女」金井真紀(晶文社)

びっくりするほど面白いエッセイ集に出会った。エッセイストでイラストレーターの金井さん、著作の多くは、世界あちこちを歩いて市井の人たちとおしゃべりをしたり、日本の中の難民移民問題をテーマにしたり、独特なイラストたっぷりで、ユーモアと共感をもって外国の人と接したり。なかなかフットワークの軽い行動的な人のようだ。

今日読んだ本は金井真紀さんの「テヘランのすてきな女」2024/6/30初版
筆者は思い立って一人でイランにでかけ、様々な職業や階層、年齢の人たちと交流し、それを30篇ほどのエッセイで紹介している。
イランと言えば、まずはスカーフやチャドル(黒いマント)の女性を思い浮かべる。2022年ごろに女性の衣装の自由を求める大規模なデモがあり、各地で衝突が発生し、多くの人がなくなったり逮捕されたりした事件が思い出される。結局は政府の大弾圧のもと、闘争は終了したのだが、さすがにその後は政府も懲りたのか、服装警察のような取り締まりはなくなったとのこと。女性たちや市民の間での敗北感は強まったけれど、しかし、運動はごくわずかではあったが成果があったのだろう。
実際に女性たちはスカーフやチャドルを強要される場面は少なくなったようだ。特に若い人の間では、イスラム教信仰が弱まって、町の中でも自由な服装をしている人も多いとか。
トルコが完全に「世俗主義」でイスラムの縛りがゆるいのだが、あのイランでもこんな状態なのかと驚いた。エッセイの最後のほうで、宗教指導者と政権中枢が権力を持ち、富も偏った状態になっていることを、多くの人が批判的に考えていることも紹介されている。イランも一枚岩では決してない、という話。先日の大統領選挙でも、革新派の大統領が誕生したばかりで、これからもゆっくり変化していくのだろう。


金井さんが会いに行った女性たちは実に多様な仕事に就いている。弁護士、細密画家、コンピューターエンジニア、看護師、美容整形業、小説家などなど。またスポーツ好きの金井さんは、女子サッカー、ボート、女子相撲など、あまり国際社会の表にでてこないイランの女性アスリートについても紹介してくれる。さらに、イラン社会でも異端児ともいえる人たち、たとえばLGBTQの人たち、アフガニスタンのタリバン政権から逃れてきた難民たち、キリスト教徒の女性などにも会いに行く。
どの人とのインタビューでも、女性たちは明るくて、率直で、日本人の金井さんを歓迎し、心を開いて話してくれる。イラン政府の顔色をうかがうような発言はなく、実に自由に思うところを話してくれるのが印象的だ。(むろん、政治的発言については匿名性を高めての紹介なので心配はない)

二人のイラン人通訳が金井さんのそばにずっとついていた。一人はテへラン大学日本語科をでて教師をしているザフラーさんという女性。中学生の息子のいるお母さんだ。イランでは女性しか入れない場所がたくさんあるので、ザフラーさんがずっと一緒にいてくれた。もう一人は、日本で少し働いたこともあるメフディさん。50代の男性である。この二人が、単なる通訳ではなく、イランの市井の人たちの奥の奥まで、ネットワークを活用して、金井さんを連れて行ってくれる。優秀で親身に協力してくれる二人は、イラン文化紹介のうってつけの通訳だったようだ。

イラン人女性の60%もが豊胸手術をしているという衝撃的な話。イランは性転換手術で有名とか。核開発疑惑で経済制裁を受けてイランでは欧米のテクノロジーは入ってこない。でもウーバーの代わりにSNAPPというものがあり、アマゾンの代わりにディジカラーというものがあり、さらにキンドルの代わり、ユーチューブの代わり、ネットフリックスの代わりになるものが全部そろっている。ただし国外との通信はなかなか難しいようだ。
イランの入浴施設の潜入ルポももなかなかすごい。以前は男性専用だったが、今は週一回女性専用になるとか。蒸し風呂、入浴、マッサージ、あかすりなどフルコースで楽しめる。女性独特の入り方など、詳しくはかけないが、本では詳述してある(笑)

短いエッセイが30本ほど。どれも軽い筆致で楽しみながら読める。我々がイランに対してもっているちょっと「暗い」イメージはかなり払しょくされる。楽しい読書だった。

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