星野智幸「夜は終わらない」講談社文庫 2024/9/2

初めて読んだ星野智幸の小説は、2014年の読売文学賞小説賞受賞作品

いきなり小説世界に引き込まれた。ずっと長い長い夢を見ているような、不思議な感覚を覚えた。現実世界の女性が主人公のノワール小説かと思ったら、それは序章に過ぎず、物語は異様な展開を遂げて大きく変質していく。

一人の若い女性が主人公である。男を信じない。男は金を手に入れるための手段、用がなくなればあっさりと男を殺す。睡眠薬を飲ませて殺す前に「物語」を一つ求める。物語が面白ければ生き延びられるし、そうでなければ命をとられる。男は語りだす。一つの物語が終わるころに、その物語の登場人物がまた話をひきとって次の物語を語る。夜が来るたびに物語が積みあがっていき、命が延々と続いていく。

千夜一夜物語を少し思い出させる設定である。つづられる物語は、実に変幻自在、人間世界の者もあるし、性別不明のものたち、人とも動物ともつかぬものたち、神話世界の神々の交合の話、スパイ小説もどき、核分裂と核融合の話、実に多岐にわたるのだが、必ず主人公の女とそれにとらえられている男のところに戻ってくる。そして、現実と物語世界が融合しながら、誰が何を語っているのか、それは誰の話なのかがおぼろげながら浮かび上がってくるのである。結末も見事。エンディングに向けて、テンポアップしていくストーリーとそれを支える文体は、なかなか手練れのスキルと思った。

奇妙な物語である。おそろしいほどの中身が凝縮したショートストーリーが姿を変え形を変え、延々と続く。フルに動いている想像力を目の前にしている感じ。星野智幸という作家の、幻想と怪奇を物語る才能をいかんなく発揮した小説だった。

欲を言えば…一つ一つの物語がもう少し短ければいい。細部を描きたいのだろうが、それが星野の作家としての楽しみかもしれないが、幻想部分を誰もがそれほど楽しむわけではないと思う。トータルでどう受け止めるか、多くの読者をひきつけるためには、そんな配慮も必要か。

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