「バリ山行」松永K三蔵 「サンショウウオの四十九日」朝比奈秋

 今年の上期芥川賞の二作を読む。どちらも読みやすい文体で、自然な流れと展開。それぞれ一日で読み切った。いずれもテーマ的にもエンタメ系とは正反対のもので、完成度が高く芥川賞に値するもの。いわゆる読み物小説とは一味違った作品で、テーマも地味だったり、ちょっと高度だったりで、一般受けはどうなのか。


「バリ山行」は、中小の建築会社勤めの、営業系サラリーマンの仕事の悲哀あれこれと、その同僚で六甲のバリエーションルートのみを歩く男との交流と、二つのことが描かれている。バリといってもただの藪道歩きではなく、まったく道のないところを地形図だけを頼りに歩く山行で、沢屋が沢を詰めて最後の源頭部を藪こぎするというものともまた違う。ひたすら道のない誰も歩いたことがないところを歩きたいという衝動、情熱のようなもの。できれば危険に満ちたような。ちょっと異様な情熱で、普段山歩きをする人でも、必ずしも賛同できないような歩き方である。藪の密度、崖の切り立ち、深い沢のスプラッシュ、山の静寂などが息苦しいくらいに描かれていて、それはそれでリアリティがあってなかなかよい。しかし、ときに生死を賭けるような山歩きを、六甲のような低山の藪道でやっていることに一体どんな意味があるのかとか、考えるとなかなか納得のいく答えはないだろう。
 勤め先の仕事上のトラブルを絡めてはいるが、職場自体はあまり魅力的でもないし、面白いエピソードもない。ややおまけ的で、対比としての日常として描かれている感じ。筆者が描きたいのはこのひりひりする山行の実感のほうなんだろうなと思わせた。ただし、この山歩きも、仕事の悩みも、強い共感を持って読む人はどれだけいるのだろうか。面白いのだけどね。

「サンショウウオの四十九日」は、若いお医者さんが書いた小説。シャム双生児じゃなくて、二人が一人分の体になっていて、半分ずつ別の人格を持つ「結合双生児」という存在を筆者は作り出して、その成長を実験的に描いた小説である。二人の女性が一つの肉体を共有しながら、別のことを考え別のことをしゃべる。ちょっとわけがわからない状況なのだが、二人の個性が異なっていて、うまく整理されて読みにくくはない。「意識」とはどこに生まれるのか、一人で二人の結合双生児という「入れ物」を利用しながら、意識の形を浮かび上がらせるという取り組みで、なかなか哲学的な内容もある。そんなに理屈っぽくはない。

家族の物語でもあるし、障碍者の物語でもある。そもそも「結合双生児」は現実にはいないので理念的な小説かというと、意外にリアリティある描かれ方なので、面白く読めた。物語には、二人の父と叔父が、これまた別の「胎児内胎児」という難しい育ちの双生児だったことも書かれており、なかなか特殊な環境。お互いが共感しうるはずのこの二組がうまく絡み合っていないのは少しもったいない。この小説の終わらせ方は、この二組の「双生児」の因果的なものなるのではと思ったが、そうではなく、ちょっと尻切れトンボの印象を受けた。


今回の芥川賞選者は、小川洋子 奥泉光 川上弘美 川上未映子 島田雅彦 平野啓一郎

松浦寿輝 山田詠美  吉田修一 と自分の好きな作家が多く、選評も楽しく読めた。

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