「隆明だもの」ハルノ宵子 「開店休業」吉本隆明・ハルノ宵子

「隆明だもの」は、吉本隆明の長女で漫画家でもあるハルノ宵子の、父の思い出をつづったエッセイ集で、2023年12月刊行。吉本全集の月報に寄せたハルノの文章をまとめ、さらにハルノと次女の吉本ばななとの対談、編集者によるハルノのインタビュー記事を追加したもの。
「開店休業」は、雑誌「danchyu」で2006年に始まった吉本隆明の食に関するエッセイをまとめ、その一つ一つにハルノ宵子がエッセイ風にコメントを残していく。同じテーマ、同じ料理、同じ食材を吉本が語り、その虚実も含めて娘のハルノが優しく、厳しく批評をし、思い出を追加していく、という形式。吉本が2012年に亡くなったあと、ハルノはあと二回書いている。「最後の晩餐」は亡くなる直前に吉本が口にしたもの。ハルノのユーモアは澄み切っていて、自分も心安らかに巨人吉本を送ってあげられた、そんな気になった。
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老いたる思想家の矜持、誰にでも訪れる老いと病、吉本隆明という特異な思索者の凡庸でいてやはり吉本的な日常の日々、妻和子とのバトルのこと、そして二人の知られざる秘密。ハルノとばななの育て方のこと。糖尿病で視力を失い、家の中で転んだり、時には畳を這って歩いたり。それでも尊厳を失わない。合理的で、江戸っ子で啖呵をきって…。
吉本家で繰り広げられた家族の物語は、自由で闊達で深い愛情にあふれる物語であった。吉本を知っている人なら、驚きはない。この人は裏表のない人だから。読み終えて思ったのは「あー、吉本の最後を知ることができてよかった」という心からの思いであった。この本に出合わなければ、自分の若いころの吉本への傾倒が、あやふやなまま終わってしまってただろう。ハルノはそれに結着をつけてくれた感じ。読み終えて少し涙が出たような気がした。
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吉本を読んでいた人なら、まず面白く読めると思う。積読程度で吉本ファンを名乗るのもおこがましい。でも吉本を畏敬する気持ちは、まあ変わらない。自分のような半可通の読者にとっても、吉本が好きだったら、この本は面白く読めるはず。

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