「水車小屋のネネ」津村記久子(毎日新聞出版)

 読みだしたら止まらない。そして読み終わるのが、心から惜しくなる。もう少しこの人たちの物語を聞いていたい。「水車小屋のネネ」は自分にとってそういう本の一冊だった。

物語は、事情があって家出をした18歳と8歳の姉妹の成長記。1981年、1991年、2001年、2011年そしてエピローグの2021年と、10年おきに二人の成長とささやかなエピソードが40年をかけて描かれていく。そして、何より、この物語を際立たせているもう一人の主人公が、オウムのネネ。最初に身を寄せた蕎麦屋さんの隣に水車小屋があり、そこでそばを挽くための水車の管理を手伝うのがネネの仕事。賢い鳥で、人間の言葉をまねるそのしぐさとタイミングがまるで人との会話のように描かれる。オウムは知性があるのか、いやオウムは人の感情がわかるのか、寂しさや嬉しさや悲しみをオウムはどのように表すのだろうか。

姉の理佐と妹の律は、姉の稼ぎだけで生活している。それを助けてくれる人たちが、小さな町にたくさんいて、それぞれが小さな問題を抱えていたりつらい過去があったりもするのだが、静かに二人を見守っている。そしてオウムのネネの世話を次々と若い世代が引き継いでいってくれる。なにせオウムの寿命は50年もあるので、付き合いもずっと続く。様々な年代の様々な立場の人たちが登場するのだが、濃くもなく薄くもなく、二人のそばにつかず離れずにいてくれて、お互いに目配りをしあっている。それはまるで理想の小さな共同体のようだ。

静かな小説世界である。叫びだす人はいないし、過度に自己主張する人もいない。二人の周りの人たちは自分を律し、周りに調和させるすべをしっている。そのような世界で、みんなが自分の人生を誠実に生きている。

津村さんは、本作で令和五年度の谷崎潤一郎賞を受賞している。その選考委員の一人、川上弘美は、「幸福な読書だった」と言う。筒井康隆は「その作品の主人公や登場人物たちと別れるのがつらい、そんな思いをした小説の愛読者は多いと思う。今回の受賞作品で小生はそんなつらさを味わった。」「最初はメルヘンか児童文学かという書き出しだったが、とんでもない。凄い小説だった。」「心憎いばかりに読者を感情移入させる傑作。最後はネネやりっちゃんと別れるのがつらかった。小生、老齢なのでそろそろ選考委員を辞退しようかなどと考えていたのだが、こんな作品に出会えるのはこの賞しかないので、口にはしなかったのである。」と激賞している。
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津村さんの小説はこのブログでも何回か取り上げたが、どんどん印象が良くなる作家である。これを書いた前後に「サキの忘れ物」という短編集も出している。様々な趣のものをマルチな才能を駆使して楽しそうに書いていたのが印象的だった。その中の表題作「サキの忘れ物」の静かなヒューマンな世界を、時間の枠と人々のつながりの幅をひろげれば、ネネの世界につながるのか、そんな印象を持った。いい本。

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