「サキの忘れ物」津村記久子(新潮社)

2020年にでた津村記久子の短編集「サキの忘れ物」を読む。
 津村さんの本は四冊目かな。いつもなかなかインパクトを残してくれる作家。ドラマチックとは程遠いのだが、小説の舞台設定がちょっと「変」で、そんなのあり?と思いながら、津村ワールドに引っ張り込まれていくという印象。なんということもないのに、きになってきになって最後まで読んでしまって、あーあるよな、とかうん、いい話だなとか、そんな感想にたどり着く。または、ちょっとえぐいよ、とその不気味な世界を前に立ち止まるとか。
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 短編集で最初が標題の「サキの忘れ物」。喫茶店で働く少女が病院の見舞いの合間に訪れる中年女性と知り合いになるのは、サキの小説を店に忘れた女性に本をとっておいてあげたことから。高校中退の少女で勉強も本も何も関心がなかったのが、これをきっかけにサキの同じ本を買い、メモしてもらった他の本を買って読むようになり、やがて書店員となって、もういちどその中年女性と再会する。少しも派手じゃなく淡々と人生をやり直す少女が、なかなか愛おしい。
 「ペチュニアホールを知る20の名所」は、20か所の名所案内のふりをして、そこにあるとんでもない歴史が明らかになってくるという見事な仕掛け。ちょっと笑える。
 「行列」では、人が何か貴重なもののために並ぶという行為と多くの人が並ぶことで必然的に発生する「トラブル」に巻き込まれてしまう、その避けられない理不尽さ。カフカを思わせるような、奇妙な感覚が楽しめる。
 「隣のビル」では、くだらない上司のいる職場に勤める女性が、ある時から隣にあるビルに関心を持つようになり、上司の小言を聞きたくなくて給湯室からそのビル(マンション)に飛び移っていくという破天荒な行動。住人の女性と知り合い、それが転職のきっかけとなるというもの。なんということもない話なのに、ビルからビルへと飛び移るというとんでもない行動が、この小説を成り立たせている感じ。十分に変で、このあたりが津村らしい。
 「真夜中をさまようゲームブック」は、実験的な作り。ゲームの本で「次に~がでてくるから、そこでAを選んだ人は12番へ進む、Bを選んだ人は5番に戻る」という指示があったりする、そんな形式を小説に援用していくもの。読み方によってあっという間にストーリーが終わったり、逆にいつまでも終わらぬ円環状態になったり。なかなか画期的で意欲的な実験小説。といってもそれがどうしたというところは否めないのだが。
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あらためて津村記久子のちょっと狭いけど十分へんてこりんな世界を楽しめた。普通の感覚の人には合わないかもしれないけどね。

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