「時ありて」イアン・マクドナルド(早川書房)

 


2018年出版で、翌年の英国SF協会賞の中短編部門の賞をとっている。イアン・マクドナルドは1960年生まれ、これまでヒューゴー賞やPKディック賞なども受賞しているベテラン作家である。

あらすじはこんな風:以下ネタバレを含むので、読まれる予定の方はスキップしてください。

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古書を専門に扱い主にネットでそれを取引する仕事をしている「私」は、あるオークションで一冊の古い詩集を手にする。その中に一通のラブレターらしき手紙がはさまれている。トムからベンにあてた男同士の手紙。場所はエジプトで、第二次世界大戦中のことらしい。興味を持った「私」が古書ネットで二人について照会していくと、ある女性が自分の祖父がその二人を知っていると連絡をよこす。

女性の祖父はその二人に会っていて、写真ももっていることがわかった。「私」はその写真を手掛かりに戦争博物館に勤める特殊な才能を持つ女性に頼みごとをする。その女性は、一度見た顔は忘れないという特殊な記憶力を持っている人だった。そして数日後、その二人が第一次世界大戦中のトルコにいたことが分かる。歴史ミステリーにもなっている消失した第五ノーフォーク連隊の中にいたのだ。さらに奇怪なことは、二人の写真が30年ほどの年月を経てもほとんど年をとっていないこということだった。さらに、この二人はいろいろな場所に現れてくる。ある時は1990年代のボスニアだったり、日本陸軍が南京を占領して大虐殺をはじめるまさにその最中だったり…。やがて、この二人は時間旅行者だとわかる。

いったいどのようにしてタイムスリップをするのか、二人が連絡に使っていると思われる一冊の詩集は誰が書いたのか、ヨーロッパの古書店にときどき見つかる「時ありて」という詩集の意味は。

SFでもあり、ミステリーでもあり、二人のボーイズラブ的な展開もあり、少し正体不明のところもあるが、150ページほどの中編、簡単に読める。

ただし…一読して、ストーリーが分かるかといったら、かなり難しいのでは。難点が幾つかある。まず、二つの物語、「私」が謎を追う部分と、「二人の男性」の出会いや恋の話などが、交わることなく交代に描かれて、なんのことだか意味がすぐにわからない。次に、文体の問題。もちろん翻訳ということを差し置いても、アメリカのハードボイルド風であったり、モノローグ的な、ある時は自嘲的な、あるときはペダンティックな語りがあって、さらに、いかにもイギリス風の斜に構えて雰囲気が濃い。筆者はアイリッシュ系なのか、出てくる風景はそれがロンドンであっても寒々とし、印象としてはスコットランドや北アイルランドを舞台にしたような風景を思い出してしまう。さらに、ジョイスやイエーツなど、これはイギリス文学を読んでる人じゃないとちょっとうまく伝わらない文学的趣向もあって、なかなか厄介。

そのうえで、現代音楽とくにポップス、テクノロジーとモダンなガジェットと、ネット文化、SNSなど、これは今の文学には必須のアイテムなんだろうが、まあ、いろいろ入り込んできている。そして、時間旅行のメインアイディアは、量子力学と不確定性原理。いろいろタフで、読者を試すような、ある意味、作者が「趣味的」に書いた作品と思えた。

と、いろいろ書いたが、まあ短いので一気に読める。そして「あれれ」と思ったら、少し戻って再読すると、ああそうかと納得できると思う。ただし一か所だけ私も不明のところが残るのだが、それは書かないでおこう。

まずまず面白い作品だった。

*本書はヤマレコのカイエさんの日記の紹介による。


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