句集 「一人十色」梅沢富美男
プレバトはもう見なくなった。ちょっとマンネリかな。梅沢さんの俳句は、この人の美意識が感じられてわりと好き。まあ古いタイプだよね。彼の50句が本になって、図書館にあった。
旱星ラジオは余震をしらせをり
緑青のカラン石けんネット揺れて夏
何度目のオセロ薄目のこたつ猫
百物語最後の鏡に映る物
*百物語は鏡花の怪談話だったけ?
玉葱を刻む光の微塵まで
夏井いつき先生の添削例ものっていて楽しい。
原句 白秋や漢字ドリルに書く名前
添削後 漢字ドリルに白秋の我が名記す
*上の句は説明過多ということのようだ。白秋は「老年期」の意。年をとっても漢字ドリルで練習する姿を映す。でも添削例もいまいち。原句は体言止めがやぼったい感じなので、それを直すほうがいいように思う。添削例はどう読んでも俳句ではない。
原句 永らえて短夜をなほ持て余す
添削後 巡業の短夜をなほ持て余す
*原句だと誰のものともいえるので、梅沢らしさをだすために、巡業を入れる。としても、それほどいい句とも言えないかな。
梅沢の句はきれいなものが多いがやや平凡。でもコラムとか、夏井と梅沢の対談とか、添削実例とか、読んでいて楽しい。そもそも句集とか歌集とか、もう有象無象あって、もちろん優れたものも多いが、凡庸な趣味の一つみたいなのも多い。玉石混交の玉を見つけ出すのは、至難の業で、短歌雑誌、俳句雑誌で腕を磨いた人の、えいやっと出版されたものを読むのがとりあえず、時間とお金の節約になるのかも。
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「つながる短歌 100」あんの秀子
万葉集以来、詠み継がれ歌い継がれてきた「和歌」「短歌」。一つ一つの作品以上に、日本人の心の中に、時代を越えて響きあう共感のようなものがあって、それぞれの歌がつながり響きあっているように思えることがある。筆者は二首を、時に三首を並べていく。
風になびく富士のけぶりの空に消えてゆくへも知らぬわが思ひかな 西行
山山の迫れるもとをすぐるとき湖(うみ)はしづかに眼をひらきけり 前田夕暮
志賀の浦や遠ざかり行く波間より凍りて出づる有明の月 藤原家隆
たっぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり 河野裕子
天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ 柿本人麻呂
銀河系そらのまほらを堕ちつづく夏の雫とわれはなりてむ 前登志夫
このように並べている。それは似ている歌、という意味ではなく、描かれる情景とか謳われる心情とかが、時を越えて響きあっているという意味で。
選ばれた二首が適切かどうかは、多分に人の感性によるもので、判断しがたいところもあるが、企画としてはよくわかるし、面白い試み。
この方だけでなく、自分の好きな歌人にもやってもらいたい気もする。本としては、古典となった歌がいろいろ学べてとても勉強になった。
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