村上春樹「街とその不確かな壁」

4月末に市の図書館で貸出申し込みをしたら、未入荷とか。予約待ちを調べてもらったら、自分だけだったので、入荷してすぐの連休前にメールで貸出可能の連絡をもらった。村上春樹の新作長編なんだが。
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この作品、1985年に出版された「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」と、同じようなテーマを扱った小説で、それよりはるかに長く、600ページもある。(物理的に)重い本は寝転んで読めないのが難点だ。

作品の中で、現実の世界と、時が止まったような静寂な異界が交互に描かれていく。何かの回路が偶然開かれて、主人公はその二つの世界を行きかうことになる。
 異界にあるものは、一角獣、死んだ獣を焼いて埋める穴、薬草のスープ、「夢」を読むための図書館、美しい少女、不吉な鳴き声をあげる鳥、深い森と決して近寄ってはいけない湖。これは「死後の世界」のメタファーだと思う。(それにしても「穴」や「井戸」の底から空を見上げるイメージは、これまでも繰り返し村上が使ってきたものだ。)

 もう一つの世界、現実世界のほうでは、出版社の仕事をやめた主人公が会津の小さな町(会津坂下か田島か)の民営図書館の館長に雇われ、新しい生活が始まっている。こちらの世界に現れるのは、死んだはずの前の館長、有能な司書、自閉症の少年。同じ時期に町に引っ越してきた美人で独身の喫茶店の女性オーナーなどが、一つの物語を編んでいく。

 そしてもちろん、いつもの村上文体を彩る様々な趣味の断片が、ガジェット風にあちこちにちりばめられる。
レインマンのサヴァン症候群、ガルシア・マルケスのマジックリアリズム。ポールデズモンドの軽快なジャズ。ボロディン、ビバルディ。ヴィトゲンシュタイン言語学、シャブリとアサリのパスタ。喫茶店の女性オーナーとの会話は、いつもの村上らしさがあって、チャンドラー風の「キメのセリフ」を楽しんで書いているよう。半分読者サービスなんだろうけど、それが好きな人はお楽しみの場面だけど、苦手な人はまたか、と思うところ。

村上は初期の同名の作品をもとに書き直したと言っているが、普通の読者にとっては、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の完成品という印象になると思う。これで書きたいことは全て終わった、書き残していたことはもうないという「店じまい」的な印象なのだが、村上が本当に再度書きたかったものは、その異世界の意味は、依然として明らかではない。
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カズオ・イシグロのことを思い出す。イシグロがノーベル賞を受けたあと、尊敬する村上より先にもらって恐縮だというような話をした。ああ、もう村上の目はなくなったと思った。どちらも大作家である。イシグロは最新作「クララとお日様」でAIと人間の未来について描いた。感情を持ち始めたロボット(アンドロイド)は、古くからディックの「アンドロイドは電気羊の…」などでも扱われているが、イシグロが表したのは、人の心とはなにかを扱った人間の物語であり、それは「私を離さないで」にもあったクローン人間の悲哀も同じで、きわめて社会的であり、人間考察的であり、社会へのコミットメントの姿勢が強い。イシグロはとってもすっきりとした作家で、何を書きたいのかが読者にはしっかり伝わる。村上春樹にはそれがない、というか、本質的にそのようなすっきりした現実的なテーマ性をもたない作家だと思う。ここではないどこか、を書きたい作家というか。もちろんこの作家がデビュー以来、とてつもない想像力で読者を未知の世界にぐいぐいと引っ張っていく力技は、何物にも比しがたいものがあったのだけど。
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さて、この「街とその不確かな壁」という長編小説、初めての人には向かないだろうし、村上春樹をあまり読まない人にはお勧めとは言えない。そもそも長すぎて読み終われないかも。村上のファンなら、読むべき。一気に読めるだろう。もうアクション場面はないが、その分濃密な時間と美しい詩のような描写がある。
ゆっくりとそれを味わいながら、自分がこれまで村上春樹を読んできた長い「幸福な時間」を終わらせればよい。
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 振り返って、壮大なアドヴェンチャーの「1Q84」の結末で、突然突き放された未完感がずっと残っていて、それは「色彩をもたない」でも「騎士団長」でも変わらず少しも満たされず、「一人称単数」は村上らしい切れのある短編集だったから、もう長編はやめて、あとはもう、こんな不思議で不気味でちょっとチャーミングな短編を坦々と書いていけばいいのにと思っていた。
 最後に「壁」をここまで書いたら、あとはもう書くことないんじゃないだろうか。村上は74歳だ。こっちはもう50年以上の付き合いだ。まだまだ村上も元気だろうが、とりあえず長い間楽しませてもらった、ありがとうと言いたい。
 

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