斎藤美奈子「日本の同時代小説」「名作うしろ読み」「〃プレミアム」  2022/7/23

図書館で文芸評論家の斎藤美奈子の本を三冊借りてくる。とりあえず、左の「日本の同時代小説」を読了。面白くて一気読み。右二冊は、タイトル通り内外の名作の最後の一行を書きだして、それに簡単な解説をつけ、2ページで一作品という形式でブックガイドとなっている。出だしの一行を紹介する企画は普通にあるが、終わりの一行とは。なんの意味があるのか!こんなこと、斎藤美奈子くらいしか考えつかない(笑)

    遺体が発見されたのは、その年の四月に入ってからであった。
                        『孤高の人』新田次郎

    三四郎はなんとも答えなかった。ただ口の中で迷羊(ストレイシープ)迷羊と繰り  
    返した。
                       『三四郎』夏目漱石

    職人たちが棺を担いだ。聖職者は一人も随行したなかった。
                       『若きウェルテルの悩み』ゲーテ

斎藤は「若きウェルテルの悩み」について、「メールやツイッター全盛の時代に、書簡体は意外にあっているかもしれないと思う。友人のウィルヘルムに「ねえ、君…」「 僕は…」と語りかける口調。とても18世紀の物語とは思えない。」なんて書く。
ウェルテルの悩みは、多分小学校か中学校で読んだ記憶。文通みたいなやつだったか。あの頃は友情というのが、恋と同じくらい重要なテーマだった。

そして「名作うしろ読み プレミアム」の掉尾を飾るのは:

    万国のプロレタリア団結せよ!
                   『共産党宣言』マルクス・エンゲルス

斎藤は「世界で最も知られた末尾」と書く。この本、出だしが
  <ヨーロッパに幽霊が出る…共産主義という幽霊である>
*ただし和訳としては
  「一匹の妖怪がヨーロッパを徘徊している。共産主義という名の妖怪が」
のほうが有名かも。

で、第一章の出だしは
  <今日までのあらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である。>
だということも紹介する。
改めて凄い本だったんだなと思う。岩波文庫でごく薄い本なので、一読をお勧めしたい。
カール・マルクスは超弩級の思想家、哲学者、ジャーナリストで、しばらくアメリカで仕事をしていたころ、彼の今後の世界の変化についての知見を求めて多くの人が列を作ったという。このエピソード好き。当時のアメリカって実に猥雑で雑多で、ありとあらゆる天才とありとあらゆる詐欺師が集まっていた。
この人は19世紀最大の三知性の一人と言われている。(ちなみに、あとの二人は、ダーウィンとフロイト)

「名作うしろ読み」は途中からでも、少しだけでも、どこを読んでも楽しい。難しい本はとりあげていない。ただし…どちらかというと読書好きな人向きで、とりあげている本を読んだことがあるといっそう楽しめる。

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もう一冊「日本の同時代小説」について

これまでの日本文学史的な評論はほぼ1960年代まで。それ以降のものは通史的には書かれていないのでは、というところからこの本は始まった(ようだ)。
発行は2018年11月で、一番最後に取り上げているのが、私の好きな今村夏子、さらに又吉直樹にも触れて辛辣な批評。
  「内容は往年の私小説に近い自虐的なタワケ自慢と貧乏自慢。又吉直樹はこの作品で
   一周遅れのトップランナーになってしまった」
やれやれです。

この本は60年代から、10年単位で小説をグループ化して簡潔に内容を紹介しており、ときどき、辛辣な批評も加えるという、まあ斎藤美奈子の得意技です。大きな文芸理論には依拠せず、広い視野で文芸領域に各作品、各作家を配置して、きれいな見取り図を作る、そういうのは上手いですよね。
個人的には大江の「同時代ゲーム」への評価、村上龍への厳しい批評、そして、次のような切り取り方:
「笙野頼子、多和田葉子らが『妄想炸裂系』、高村薫、桐野夏生が『現実直視系』なら、次の三人は『日常の裂け目系』と言えるかもしれません」として取り上げる作家が、川上弘美、小川洋子、角田光代です。

もう一つ辛辣なやつの例として 『1Q84』をとりあげて

「ジョージ・オーウェル『1984』を意識しつつ、オウム真理教や9.11への連想をさそいつつ進む物語。ではなりますが、天吾とふかえりの物語は広義の「少女小説」の、青豆と柳屋敷の物語は『殺人(テロ)小説』のトレンドに乗っています。DV男は処刑すればいいという緒方夫人や青豆の認識は、復讐の仕方としては最低最悪で(現実を見誤るという点では有害ですらあります)、村上春樹がいかにこうした問題に不注意かを示しているのですが、注目すべきは、ここに「テロを肯定する思想」が流れていることです。殺人が日常茶飯事の村上龍じゃあるまいし、通常の意味では連続殺人犯である女性(青豆)を主人公にするなど、かつての村上春樹でありえないことだった。

と、次の渡辺淳一の「愛の流刑地」と一緒にばっさり(笑)

斎藤美奈子は村上春樹はあまり好きじゃないんだね。
それはさておき。
本は1960年代以降の完全なブックガイド兼カタログで、いくつかよんでみたいと思ったものがあったら、その場でメモをとるのがいいです。あまりにも膨大な作家群で、どれがどれかすぐ忘れてしまいそう。後に残るのは、斎藤美奈子の恐ろしい読書量と、切り分け、切り捨ての思い切りの良さです。わりと好きかも。



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