「小川洋子と読む内田百閒アンソロジー」ちくま文庫

作家小川洋子が、内田百閒の短編小説を24篇選び、それぞれの作品にごく短い感想を付け加えている。内田は漱石の弟子で昔の人だけど、一度は読む価値がある素晴らしい短編の書き手。小川の短評も内田百閒への深い敬意と愛情が感じられる。内田百閒を知るにはもってこいの本で、なかなかいい編集アイディアだと思った。

収録作品は、「件」「尽頭子」「サラサーテの盤」「とおぼえ」「黄牛」「柳検校の小閑」「長春香」などなど24編。どれもこれもひと癖ふた癖ある個性的な短編で、怪奇と幻想と悪夢の世界が描かれる。怖いものもたくさんで、怖がりの人は夜に読まないほうがいいかも。漱石のたとえば夢十夜のような作品集。

ところで、このアンソロジーは、百閒の短編の一つ一つに、5行程度の小川洋子の寸評がついている。この本は、これが「みそ」。一品読み終えて、一つ寸評を読む。そっか、小川さんもこんな風に感じたんだなあと、何か同好の士のレビューをのぞき込むような。それがただのレビューじゃなくて、ちいさな作品のよう。どっちもどっち、なかなか読み応えがある。例えば「件」について…
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いったんこの小説を読んだら最後、もう二度と「件」という字の前を素通りすることはできない。読者は皆「件」の予言を共有する一員にされる。そこから抜け出す方法も分からないまま立ち尽くし、ただ呆然と、空っぽの桟敷を見まわしている。どうしてくれるんですか、と百閒に詰め寄りたくなる。
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二人の作家の時空を超えた「かけあい」が魅力で、2019年に出版された本。この本は私の一押しの一つ。
 

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