川上未映子の「夏物語」が、2020年ニューヨーク・タイムズが選ぶ「今年読むべき100冊」やTIMEの「今年のベスト10冊」などにも選ばれたことは、以前にもブログに紹介した。また先月の「文芸ピープル」の紹介でも、川上未映子の「乳と卵」が「夏物語」と一緒に翻訳され、大きな話題になっている話も書いた。
この3月に、かつて映画「レオン」で世界中を席巻した美少女ナタリー・ポートマンが、川上の「夏物語」に魅了され、彼女に直接話したいと連絡し、二人の対話が実現した。その一部が日本語で紹介されている。
この本の紹介は上記のサイトでも詳しいがちょっと触れてみる。
「夏物語」は二部に分かれていて 一部はかつて芥川賞をとった「乳と卵」そのもの。少し改作し、少し詳しく書いたもの。東京に住むアルバイトで暮らす夏子30歳と、夏休みにそのアパートに遊びにやってきた大阪に住む35位の姉とその娘で12歳くらいの女の子をめぐる二日間の話。
乳は、豊胸手術を考える姉、卵は生理が始まりかけでそのことに嫌悪感を持つ多感な女の子(緑子)を象徴するものか。大阪弁の会話がとてもリアルで生々しい感じ。緑子は母の手術を受けようとするあっけらかんとした行動に嫌悪感を持ち、やがて母と全く話をしなくなる。家の中でノートに書いてコミュニケーションをするだけという不思議な女の子になってしまう。かといって断絶があるというわけではない。親子の愛情も愛憎もとても深くて、叔母の夏子はそれが痛いほどわかる。緑子はなかなか魅力的に描かれている。ついに最後に緑子が言葉を発するのだが…
二部はその10年後くらい、パート生活をして文章を書き続けていた夏子が、ようやく本が売れた小説家としてのキャリアが始まったがなかなか筆が進まなくなる。その界隈での友人もできまた嫌な場面にも立ち会うことになる。40近くなった夏子が、結婚はせずに、でも自分の子どもを産みたい、子どもに「会いたい」と切実に願うようになる。
男と交わらず子供をもつには、精子バンクを利用するしかないが、それで産めるのか、産んでいいのか、子を持つとは人間にとって何なのか、男と女という枠組みを抜けて、ただ母と子として新しい命に出会いたいという思いはかなうのか。そういう思いにぐるぐるととらわれている。夏子を取り巻く、これも一癖ある仲間たちとの会話も、なかなかどうしてリアリティがある。そしてついに最後にある決意をする…
500ページを超える長編で、読み終えて少しぐったり。
川上は「乳と卵」の頃からさらにパワーアップし、圧倒的な描写力を持つ作家になったと思う。この作家は想像力を働かせ、見事なストーリーを作ってそれで読者を引っ張るというタイプではなく、自分にとって切実なテーマを設定し、それにふさわしい文体で粘り強く追及していくというタイプの作家だ。今のところ川上は「女性性」が重要テーマなのだろうか。
人の心が複雑なら、複雑な分丁寧にそれを描き切ろうとする。面白さとか読者へのサービスとか、それは多分いまは眼中にないような。書きたいもの、書かねばならぬものを誠実に描き切っている、そんな印象を受けた。
話の筋とは別に、出産の場面とか、男である自分でも陣痛を感じるくらいのこの描き方で迫力がある。
川上は、まだ読んでいない作品が少しあるので、それも全部読みたいし、次にどんなものを書いても間違いなく自分は読むだろうと思う。そんな作家のひとりになった。
コメント
コメントを投稿