川上未映子が芥川賞をとった初期の作品「乳と卵」はとても印象的で、学校のいじめをとりあげた「ヘブン」も、全編を覆う不穏な感じがに、なにかただならぬ感性が感じられた。力のある作家、なにより「表現」にこだわる作家という印象をもった。
この「ウィステリアと三人の女たち」という2018年の作品集を読んでも、同じような、そしてそれがさらに突き抜けたような印象を受ける。
「ウィステリアと三人の女たち」は4つの短編を集めたもの。いずれも女性が主人公で、モノローグする女が、周囲との関係の中で、時間の枠を抜けて流れゆき、記憶を錯綜させ、他者と自分の境界を見失い、時間の暗闇の中に呆然と立ち尽くす、といった風情の小説群。うまいと思う。小説の展開が自然で、不思議な異世界にぐいぐいと引き込まれていくという印象。間違いなく、「書くこと」「表現すること」をその主軸に作家活動をしている人だと思う。描きたいテーマというより、表現とは何か、文学的想像力とはと自分に問いかけながら。
わかりやすいタイプではなく、一般的評価はかなり分かれる作家ではないか。文芸評論家の蓮見重彦の評がまだネットに残っている:
重鎮蓮見のこの批評もこれはこれで大変なくせ者で、読みこなせる人は多くないかも…私は苦手。
この作品集は「彼女と彼女の記憶について」「シャンデリア」「マリー愛の証明」「ウィステリアと三人の女たち」の4作品がおさめられており、ほぼこの順番にわかりやすい。後半の二つは、これは誰のこと、誰のセリフ、いつのまに場面が変わった?みたいにどんどん「移ろっていく」作品で、それでも流れはなかなか自然なので、抵抗しないで、作者の語りに乗ってそのまま読み進める、というのが一番いい読み方だろう。面白く読める。
奇怪なもの、ぞくっとするもの、心の奥底まで冷たくつきささるものがあって、ある種日本の現代文学の一つの潮流のど真ん中にいる、という印象を受けた。
ウィキペディアによれば、2019年、第73回毎日出版文化賞受賞した『夏物語』は、20年ニューヨーク・タイムズが選ぶ「今年読むべき100冊」やTIMEの「今年のベスト10冊」などにも選ばれ、現在40カ国以上で刊行が進められている、とのこと。たしかに前回紹介した「文芸ピープル」でも、川上の英訳本の出版とその戦略についても書かれていた。
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行きつけの図書館で「新着コーナー」にあった。多分学生時代に読んだ本だが、最近フィリップ・ロスがなくなったので、それで新訳がでたのだろうか。ロスはノーベル文学賞をとるとると言われた作家だが、ブッカー賞や全米図書賞など名だたる賞をとってきたがついにノーベル賞には届かなかった生きている作家だけ対象なので、もうもらうこともない。
この作品は、日本でも多分かなり読まれた。ただ、扱っているテーマが「性」、それもありふれた若者の性(主に避妊具の話)なので、例えば一世を風靡したノーマン・メイラーなどの実存的な作品などとはずいぶん違う。
あっけらかんとしたアメリカ中流家庭を舞台に、モラルやアメリカ的価値観の崩落を背景にした素直な青春小説。なんとなく映画「卒業」とかなりかぶってしまう。そして古き良きアメリカの退廃を描いた「グレートギャツビー」とも、時代は少し違うが通じ合うものを感じてしまう。良くも悪くもアメリカ的。
読みやすくまた200ページくらいの中編なので一気に読んでしまうのでは。ただ、もう古くなったなあという印象。
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