「クララとお日様」カズオイシグロ  「福島モノローグ」いとうせいこう


三月に図書館に予約を入れたらすでに3番目、ようやく回ってきた。一気読み。やはりカズオイシグロは特別な作家だ。

物語はSF風。AFと呼ばれる人工知能をもったアンドロイド?人工友人(artificial friend )のクララとその持ち主になったジョジー、そのボーイフレンドのリックの物語。いや、ジョジーの母とリックの母も重要な登場人物か。
イシグロの「私を離さないで」をお読みなら、あのような哀しく切なく美しい悲劇と言えばわかってもらえるだろう。読み続けるのが恐ろしく胸が苦しくなるが、読み始めたらもう読む手が止まらない。

クララはAF(ロボット)のこと。お日様は、直接にはクララのエネルギー源である太陽光なのだが、それは同時にクララにとっての「神」でもあり、クララの無償の愛に対する神=お日様の恩寵の物語でもある。

思えば、寡作のイシグロは、どれを読んでも独自の物語世界を持つ作家だと思う。久しぶりの長編、これも素晴らしい作品だった。

*イシグロがノーベル賞をとったときのインタビューで、村上春樹より先にもらって申し訳ない気持ち、と言っていたのを覚えている。そんなこと全然ないよ。イシグロの描く世界は村上より一般受けしないと思うけど、その分より精緻にそしてより深い人間への共感が感じられる。村上春樹は凄い作家だが、これまでような作品はもう書けないと思う。寡作な分、イシグロにはまだまだ期待できる。


先週の朝日新聞の書評にあった「福島モノローグ」いとうせいこうが、福島で聴きとった10篇ほどの物語群。インタビューのはずなのに、いとうのすがたはどこにもなく、話者が一人で、とつとつと、ある時は生き生きと、ある時は行きつ戻りつしながら、この10年を語っている。震災と原発事故にまつわる人の暮らしの話。

アレクシェービッチが「チェルノブイリの祈り」であらわしたもの、人々がどのように生きたのか、死んだのか、それを市井の人の言葉で描くこと、数限りない生と死を描くこと、それを積み上げることによって、凡庸で尊厳に満ちた命を描くこと。そんなアレクシェービッチのやり方を、いとうせいこうもきっと意識していたと思う。
 

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