こちらも梯久美子の「書くこと、生きること」で紹介された本。1974年に初版。1975年第6回大宅壮一ノンフィクション賞と第15回田村俊子賞を受賞した。ノンフィクション賞ではなく、これは芥川賞ではないかと声も選評会であったという。
自分は、この有名な本はもちろん知っていたのだが、出たのがなにせ自分の学生時代で、当時はこれを読もうとは思わなかった。農民文学的で私小説的で、田舎の話で、とまあ若い自分が手に取らなかった気持ちもわからなくはない。そして、今回ようやくこの作品を、まさに「時機を得て」読むことができた。読みながら、涙した。心が震えた。やはり年をとり、こういう作品を受け入れられる余地が自分にでてきたのだと思う。
これは、自伝的エッセイである。福島県のいわきに生まれた「せい」が小学校高等科をでて、独学で教員免許をとり2年間教師をしたあと、詩人の三野混沌と結婚、いわき市好間の菊竹山で開墾生活に入る。極貧の農民として生涯を過ごし、6人の子どもを育てることになる。大正末期から昭和48年までの出来事を、17のエッセイにまとめていくのだが、書き溜めてきたというより、記憶を頼りにそれでも実に詳細に、リアルにしかし抒情溢れる文体で、命の記録を時代を追って紡いでいったもの。どの一つも、小さな物語で、せいの喜び、怒り、悲しみが見事な自然描写とともに伝わってくる。赤貧の農民でありながら、幾多のドラマに彩られている。貧しくも美しい物語。何より、子どもたちの描写が素晴らしい。そして、文学を捨てられず家庭から少し心が離れていく夫との関係が、それでも細やかな愛情のやりとりも残っていて、胸を打つのであった。
長年連れ添った夫が亡くなった後、「吉野せいに文章を書くことを勧めたのは古い友人の詩人草野心平。そのとき、吉野は70歳だった。「序」を寄せた串田孫一は、吉野の文体について:
「刃こぼれなどどこにもない斧で、一度ですぱっと木を割ったような、狂いのない切れ味に圧倒された。」という。
次女の「梨花」を病気で失ったときの話、涙を誘われた。戦争中の官憲とのやりとり、なくなった炭鉱夫の話など、どれも心に強く残るものとなった。
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