現代日本の政治状況を論ずる本。読みやすい。多くは岩波書店の「世界」で単発で書かれたもののようで、伊藤昌亮さんは、世界での論文で知っていて、あれを本にまとめたんだなと手にとった次第。
この本では、ここ5年ほどの間に社会現象になったものを一つずつ取り上げながら、その背後に「曖昧な弱者」として経済的にLower Middle という中流の下の方を設定して解いていくやりかたである。
まず、最初の三章で、それぞれ「ひろゆき」「山上徹也」「石丸伸二」をとりあげて、それぞれがなぜ受けたのか、インパクトがあったのかを分析。これはまあ読みやすいし、キャッチーで導入としてはよい。
「ひろゆき」については、物事に対する冷笑的態度、特にリベラルなものに対する冷笑がよくとりあげられるが、ひろゆき自身が硬直した考え方からとにかく距離をとり、それを批判する立場の人。これは左派リベラルに限らず、ネトウヨ的な思考にも、ひとことモノ申すというスタンスの人。そういう批判に対して、普段から言葉でうまく言えない人たちが、自分を代弁してくる存在として、支持するのだろう。
「山上徹也」を分析するにあたって、彼のツイート1000件以上をAIで分析している。報道をちゃんと読めば、彼は反自民という立場ではなく、結構なネトウヨ的立場の人。ただし統一教会の被害者として、社会的弱者に対しては共感的な立場をとっていたようだ。
「石丸伸也」についても、老害らしき市会議員を責め立てるショート動画などが炎上し、かなりきつい人というイメージがあるが、都知事選の戦略は、tiktokを活用し若い世代を巻き込みながら、身の丈に合った要求を実現させ、若者世代をターゲットにし、世代を応援するというスタンスで人気を集めたという分析。旧来の保守や右派、リベラル勢力、どちらからも救い上げられない人の味方という擬態というか。財務省前デモについても簡単な分析。政治運動ではなく、経済運動として見る立場。労働組合を通して賃上げを要求するような旧来の政治=経済運動ではなく、たとえば中小企業とかフリーランサーとか、賃上げを見込めない人たちが、税を軽くすることで経済負担を軽減してほしいと思ったら、このような形で行動するしかないと。ただし、この運動は、やがて右派にからめとられ、ヘイトにもつながっていった経緯があるので、一般化していくことはないと思われる。
いずれにせよ、これまでの「左右の対立」から「新旧の対立」への変化が起こっていて、富裕層(保守、自民党)と貧困層(リベラル)のいずれでもなく、中流の下の人たちが、抱くルサンチマンをいかにして、政治勢力へとつなげるか、で日本の政治状況が動いているという分析何だろう。中流の下の人たちを「曖昧な弱者」と伊藤氏は呼ぶ。
なぜ、高齢者、障碍者、女性、LGBT、移民たちだけが救いの手を差し伸べられ、自分たちはほっておかれるのか。この底辺の人たちを攻撃し、底辺の人を救おうとする旧リベラルに怒りを向ける、そんな「曖昧な弱者」が増えているという見方である。
高市政権が生まれたのも、こうしたルサンチマンをうまく救い上げたから、あるいは、AIを駆使したネット戦略で、こういう世代を味方につけたのではとも指摘している、。
伊藤さんはリベラルの立場だろう。時代が「曖昧な弱者」を無視できなくなっている現状で、貧困層だけでなく、こうした貧困予備軍の人たちに、どうやって手を差し伸べられるか、答えは簡単ではないが、リベラル自体が変わっていかなければならないという結びだったと思う。「明白な弱者」と「曖昧な弱者」のどちらにも目配りをする必要があるということ。
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