村上春樹の短編『恋するザムザ』と翻訳小説集『恋しくて』

                 

2014年初版。村上春樹が主にニューヨーカー(アメリカの文芸誌)から選び自ら翻訳した短編恋愛小説集で、9つの作品と、最後に村上自身の短編「恋するザムザ」もついている。各作品の末尾には、村上による「恋愛甘苦度」が★三つまでで評価されている。

穏やかな普通の恋愛小説もあれば、ミステリー仕立てのもの、スパイ風のもの、LGBT系のもの、いろいろ詰め合わせて、まあ飽きることなく読ませてくれる。一つが長くても40~50ページくらいと手ごろなのもあってあっという間に読めるのでは。

印象に残ったのは、アリス・マンローの「ジャック・ランダ・ホテル」とジム・シェパードの「恋と水素」、リチャード・フォードの「モントリオールの恋人」。「ジャック・ランダ」は若い女と逃げた夫を異国に追いかけた女性が、そこですでに亡くなっている別の女性になりすまし部屋を借り、元の夫と手紙のやり取りをする。未練とも復讐とも言い難い愛憎の物語。「恋と水素」はツエッペリン社の炎上墜落したヒンデンブルク号の乗組員の若い二人の男性の恋の話。「モントリオールの恋人」は不倫がメインテーマで、これはなんだかハリウッド映画(大人の恋愛系)になりそうな展開。ちょっとハラハラする場面もあって一気読みしてしまう。

最後に村上春樹の「恋するザムザ(Samsa In Love)」 のこと。ザムザはもちろんカフカの「変身」の主人公で、このザムザが目覚めたら人間になっていた!という設定から始まる。ザムザが恋するのはドア工事をしてくれる「せむし」の女の子。場所はオーストリアかそのあたり。人がみんないなくなって、ザムザの家のものもみんな食事のセッティングをしたまま消えてしまい、窓の外には戦車が走っていて人の気配がない。そんな不穏な設定である。ストーリー展開はあまりなくて、例えば「街とその不確かな壁」の中の一エピソード的な雰囲気もする。村上の短編はうまく「廻っている」ものもあるし、この作品のように、読者にほいと投げかけられたような印象のものもある。ザムザは明らかに後者。でもまあまあ、村上らしくて楽しめた。

村上は各作品の初めに作者を200字程度で紹介している。これは遊び心で、ザムザにも村上自身が書いているのは:

村上春樹。1949年生まれ。翻訳家としてカーヴァー、オブライエン、ペイリーら同時代作家を精力的に紹介するほか『グレート・ギャツビー』『キャッチャー・イン・ザ・ライ』『ティファニーで朝食を』などの古典的小説、音楽に関するノンフィクションや絵本など、幅広い作品を手がけている。その他の訳書に「村上春樹 翻訳ライブラリー」シリーズ、マーセル・セロー著『極北』など。時に小説も書く。

「時に小説も書く」って、あなた…

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