「瀬戸内寂聴の源氏物語」講談社文庫

 とりあえず源氏を読もうということで、まずは瀬戸内寂聴の源氏。といっても寂聴さんは全10巻の源氏をちゃんとだしておられて、その54帖から27帖を選りすぐって集めたもの。流れるように自然な現代語訳で、肝心のお話はほぼ網羅されているので、源氏のエッセンスは読み取れる。ダイジェストといっても500ページ以上あり、それなりに読みこたえもある。
 光源氏の生い立ちから始まり、最後は宇治10帖と呼ばれる源氏の君死後の、息子薫の物語まで。いずれも王朝の恋物語で、ストーリーそのものは、変わらない源氏の君と次々と現れては消えていく女たちの恋が、手紙のやり取りや女たちの些細な日常の心の揺れなどを通して綴られていく。ずっと恋の話なのは、紫式部がいた環境が天皇を頂点とする貴族社会のそれも最高位のところであり、その中で当時の女性が担う部分、女性に期待されたものを反映しているからなのだろう。
 「空蝉」の帖の「雨夜の女のうわさ話」(雨夜の品定め?)では、光源氏とその友人たちによる好みの女性を言い合うエピソードがあって、これは後世でもずっと触れられる、まあ男なら誰でも身に覚えのあるような与太話風のもの。1000年前も今も男の関心は変わらないなあと思わせる箇所。
 寂聴さんは「若いころなら、六条の御息所が好きだったけど、年をとったら朧月夜の君が好きになりました」と言われたと解説の酒井順子さんが書いている。朧月夜の君は、源氏の中では少しキャラクターが立っていて、帝と光と当時のトップ2とつきあっていた人、結構はっきりした人で、光の須磨流しの原因にもなった人である。
 自分としては、読みながら心惹かれたのは、例えば、あえて不細工に描かれる「末摘花」のこと。名家の育ちながら落ちぶれて貧しさの中、源氏に疎まれ哀れまれ、それでも源氏を待ち続ける女という描き方。「女三宮」も源氏を愛しながら、源氏の盟友の息子柏木に迫られてついには不義の子を産む話。わけあって九州に落ち延び、紆余曲折の後京に戻り、実父と再会を果たし美貌と賢明さで新たな人生を開く「玉鬘。」などなど、振り返ればいいろいろとでてくるもの。
 紫式部より少し遅れて「更級日記」を書いた菅原孝標女は「物語フリーク」で有名だが、日記の中で源氏物語の一押しの女性として、夕顔と浮舟をあげている。浮舟は源氏の息子の薫とその友人の匂宮との間で引き裂かれ入水するも一度は助けられたがやがて出家してしまう悲劇的な女性。夕顔も浮舟もどちらかというと悲しい運命にさらされる女性たちである。
 当時の源氏物語の読者たちが、それぞれのヒロインたちに自らを擬して読んでいたり、一押しの女性を決めて応援したりしていたのだろうと想像する。

 本書は「源氏物語」の抜粋であり、かつ現代語訳なので、長いながらも結構あっさりと読める。このあと、完全版に行くか、谷崎や与謝野晶子版に行くか、原文に行くか、まあ人生にのこされた時間との兼ね合いというところか。

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