「アダムスミスの夕食を作ったのは誰か」 カトリーン・マルサル(河出書房新社)




フェミニズムvs経済学の本なのだが、まったく「難しさ」「面倒くささ」はない。筆者が経済学者でもなくフェミニストでもなく、ジャーナリストであることが、きっと大きいと思う。読者を意識して、読み手にわかりやすく、読み手を飽きさせないように、という文体になっていて、なるほどこれは痛快とうなずきながら、読み進められる。
繰り返しでてくるのが、ホモ・エコノミクス(経済人)という概念。アダムスミスでもマルクスでもケインズでも、頭にあるのは経済のことで、経済は男の範疇で、女が用意した食事を食べ、衣類を着て、快適できれいな家で休息をとる、その下仕事を「男」たちは=「経済人」たちは仕事としてカウントしない。家事その他はGDPに換算されない(それがひとたび外注され、家政婦やベビーシッターや介護人の仕事になればGDPに入ってくるのに)。家事一般と会社での男の仕事と、いったいブルシットジョブなのか。そもそも女だけが家事もし外部での仕事もして、それが正当な評価を得ているのか。
筆者の怒りは、時にユーモアに満ちて、(ある意味)責められている経済人的男である自分も、罪悪感や反発の薄いベールも感じずに、読むことができる。筆者はとても柔らかい感性を持った方だなと納得する。
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河出書房のHPに載っている簡単な紹介
「アダム・スミスが研究に勤しむ間、身の周りの世話をしたのは誰!? 女性不在で欠陥だらけの経済神話を終わらせ、新たな社会を志向する、スウェーデン発、21世紀の経済本。
格差、環境問題、少子化―現代社会の諸問題を解決する糸口は、経済学そのものを問い直すことにあった。20カ国語で翻訳、アトウッド、クリアド=ペレス称賛。ガーディアン、ニューヨーク・タイムズ等各紙誌絶賛。」

アダムスミスの「国富論」では、自由市場こそが効率的経済の鍵で、市場において自由と自律をすすめていけば、ひとりでに市場は最適な形で動き、経済はうまく回りだすというのが基本的な考え方。市場経済における自由とは、つきつめれば、人それぞれが自己利益のみを求めて行動するということである。そのとき有名な「神のみえざる手」が経済の全体を支えているということ。
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(以下引用)
アダムスミスは夕食のテーブルで、肉屋やパン屋の善意のことは考えなかった。取引は彼らの利益になるのだから、善意の入り込む余地はない。自分が食事にありつけるのは人々の利己心のおかげだ。
いや、本当にそうだろうか。
ちなみに、そのステーキ、誰が焼いたんですか。(p26)
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フーコーの話、フロイトの話、ナイチンゲールの話、ウッディ・アレン、フォン・ノイマン、ゲーテ、デビッド・ボウイ、話は次々に展開し飛躍し、それでも一つのところをめぐる。もはや「経済学」からは相手にされなくなった、貧困と女性の問題。筆者の訴えるところをストレートに書き切るというより、おしゃべりをし、あれもこれもそれも、そういえばあれも。周囲をどんどん埋めていきながら、いまある男中心の社会(世界)を描き出している。読んで飽きさせない、とはこのこと。
ただし、結論は、となるとそう簡単ではない。本自体も若干隔靴掻痒の印象はある。
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【もくじ】から
プロローグ 経済と女性の話をしよう 
第1章  アダム・スミスの食事を作ったのは誰か 
第2章  ロビンソン・クルーソーはなぜ経済学のヒーローなのか 
第3章  女性はどうして男性より収入が低いのか 
第4章  経済成長の果実はどこに消えたのか 
第5章  私たちは競争する自由が欲しかったのか 
第6章  ウォール街はいつからカジノになったのか 
第7章  金融市場は何を悪魔に差しだしたのか 
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以下16章まで続く。
どうです、各章のタイトルだけでも読みたくなるでしょう?

 

コメント

  1. ハイ、風邪で寝込んでおりますが読みたくなりました! カイエ

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    1. カイエさん、風邪をめされていましたか。今年はコロナに加えてインフルエンザも要注意ですね。うちは明日二人でコロナワクチン打ちます。インフルは…どうしようかと。どうぞ大事になさってください。
      この本は、別にすぐ読む必要もなく、頭がちゃんと動き出したら、楽しみながら読んでください。私は経済学はまったくの素人ですが、たぶんそういう読者を想定して、じゃっかん「あおり」も加えながら、面白おかしく書いています。全体の3分の2は一気に読めると思います。

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    2. 判りました、有り難うございます カイエ

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    3. 早く回復されますように…医者いらずのリンゴの季節、たくさん召し上がってください。

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