三浦しをんの新作、2023/5/30初版。
三浦しをんの「職業シリーズ」?の最新版。今回は書道家を扱ったものだが、「筆耕士」ということで、ホテルマンの主人公との交流が描かれている。
いつものごとく、ユーモアあふれる暖かい筆致、思いがけない展開、そしてペーソス、涙、頭のねじの切れたようなとんでも発想などなど、三浦しをんワールドそのまま。二人の友情物語が、予想通り暗雲が立ち込めたと思ったら、予想の斜め上をいく展開へ。
極上のエンタメの一つだが、三浦作品群の中では、まあ中位くらいの出来かな。220ページほどであっというまに読める。いつも思うけど、この人の作品は「悪意」をあまり扱わないので、心地よい。
なお、一番最後の「謝辞」のページに、作中登場猫のカネコ氏の墨を踏んだ足形もしっかりサービスされている。
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一坂太郎の「司馬遼太郎が描かなかった幕末」は、図書館でふと手に取った本。「竜馬がゆく」と「世に棲む日々」を主にとりあげて、司馬作品はあくまでも文学であって、必ずしも実像とは異なるということを、資料をつめながら読み解いていく、というスタイル。歴史好きなら(文学より歴史という立場なら)、それなりに楽しめる。
竜馬については、これまでも「ここまで個人が歴史の転換点の中心にいて大きな影響を与えることがあったか」という視点で批判はされてきたもの。作者は綿密な資料読みから、司馬が幕末の志士たちを過度に英雄視しているのではと指摘している。
薩長連合も大政奉還など、坂本龍馬の功績もあるだろうが、それがすべてではないのは当然。しかし「小説」としては竜馬が西郷に竜馬が西郷隆盛に「長州がかわいそうではないか」と一喝して歴史が動き出す、と描く方が楽しいし躍動感がでる、ということか。
「世に棲む日々」の吉田松陰も高杉晋作も、この二人がいなければ明治維新はありえなかったのは事実だろうが、それでも二人をそれほど「偉人」として扱うのはどうなのか。高杉の「奇兵隊」については、身分制度を打ち破った画期的な軍隊という扱いをされているが、現実には依然として士農工商的カーストが奇兵隊の中にもあったと指摘。司馬の作品はあくまでも小説だということを忘れずに、ということか。できれば、総体として司馬史観と呼ばれるものに踏み込んで、明治維新の新しい見方を提示してほしかったが、筆者の意図ではないのだろう。
竜馬の言葉を「竜馬がゆく」から少し引用:
・奇策とは百に一つも用うべきではない。九十九まで正攻法で押し、あとの一つで奇策を用いれば、みごとに効く。奇策とはそういう種類のものである。
・慎重もええが、思いきったところがなきゃいかん。慎重は下僚の美徳じゃ。大胆は大将の美徳じゃ。
・わずかに他人より優れているというだけの知恵や知識が、この時勢に何になるか。
そういう頼りにならぬものにうぬぼれるだけで、それだけで歴然たる敗北者だ。
・暗ければ、民はついて来ぬ。
・相手を説得する場合、激しい言葉をつかってはならぬ。結局は恨まれるだけで物事が成就できない。
・雨が降ってきたからって走ることはない。走ったって、先も雨だ。
竜馬の言葉なのか、司馬遼太郎が言わせた言葉なのか、マッチョの言葉だが、まあ、かっこいいですね。
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「太平洋戦争への道 1931~1941」
8月15日に借りてきて読んだ。
『日本のいちばん長い日』の半藤 一利と東大の歴史学者加藤 陽子、そしてノンフィクション作家の保阪 正康による対談や、エッセイなどを集めたもの。いずれも高名な方々で、歴史資料に正確に基づいた、太平洋戦争直前の10年間をあらためて総括したもの。読み応えあり。
序章 太平洋戦争とは何か
第一章 関東軍の暴走 1931 満州事変 - 1932 満州国建国
第二章 国際協調の放棄 1931 リットン報告書 - 1933 国際連盟脱退
第三章 言論・思想の統制 1932 五・一五事件 - 1936 二・二六事件
第四章 中国侵攻の拡大 1937 盧溝橋事件 - 1938 国家総動員法制定
第五章 三国同盟の締結 1939 第二次世界大戦勃発 - 1940 日独伊三国同盟
第六章 日米交渉の失敗 1941 野村・ハル会談 - 真珠湾攻撃
終 章 私たちが学ぶべき教訓
満州への進出あたりから、関東軍の暴走が始まり、それが日中戦争へとつながっていく流れは、日本史の授業でもあっさりと触れられているとは思うが、やはりこの本程度の知識は日本人なら誰でももつべきものと思った。
国内的には1932の515事件、1936の226事件、そして1938の国家総動員法あたりが、歴史の転換点。大衆がどのように「熱狂」へと駆り立てられていくか、よーくわかる。
当時政界でも財界でも知識人でも皇室内でも、戦争反対者はたくさんいた。だが、巨大なエネルギーが人々を狂気の世界へ連れていった。
この「歴史の現実」にやはり一度は触れるべきだろう。とても読みやすい本である。
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